女はじっと亜子を見つめたまま、今度は首から下を反転させた。
亜子の身体は硬直したままだ。
何とか動かせそうな視線でさえも、目の前の女にとらわれたまま。
真っ白な半袖カッターシャツからほんのり透ける細い肩とブラの線。正体不明の女は、意外におっぱいが大きい。

「アタシ、花。よろしく! あなたは?」

花はサラサラで透明感のある髪の毛を耳にかけながら、亜子に手を伸ばした。

「私は……亜子」

乾きすぎてカサカサになった唇から声を押し出す。
声と一緒に、少し恐怖心が出ていく。
さっきまで指1本すらも動かせなかった凝り固まった身体が溶けていく。
血液が流れるのを感じる。亜子は花の手に触れようとしたが、できない。
体験したことはないけど、ヴァーチャルリアリティってこんな感じなのかも、と思いをめぐらした。

「花……さんは、幽霊なんですか?」

イメージしていた幽霊の姿とは全然違う、ミニスカート姿のギャルを目の前にして、亜子は質問せずにはいられなかった。

「はは。幽霊、かもねー。私も自分が何なのか分からないんだ。
あっ、でも普通に記憶はあるよ。ここの高校の生徒で、3年生。
9月30日に屋上から落ちた。
ヤッベー、これは死んだわって思ったんだけど、気付いたらトイレにいた。
めっちゃ元気。でも、家に帰れないし、どこにも行けない。
トイレから出られないんだよね」

花は肩をすくめて、ヌハハッと笑った。

「たぶん、それは地縛霊というやつではないですか? 何かトイレに想い入れがあるとか?」

特にオカルトに詳しいわけではないが、大抵その場を動けない幽霊なんて地縛霊と相場は決まっている。

「トイレ……。まぁ、授業サボってちょいちょいトイレでケータイいじったりはしてたけど」

花は色が抜けてパサついた毛先を指でもてあそんだ。
能天気に答える花に、亜子は少しイラついた。
地縛霊になる理由が、ただの授業のサボりであるわけはない。
もっと何か、決定的な出来事があるはずだ。

「例えば、トイレで誰かを殺したとか、当時付き合っていた彼女とトイレで密会していたとか?」

亜子は、ドラマチックな真相を期待していたが、花の答えはいたって現実的だった。

「いや、誰も殺してないし。しかも突然の百合設定ウケる。そりゃ女子トイレでイチャつくなら相手は女だけどさ。あたし、好きな男子いたし」