恋の仕方なんて、誰も授業で教えてくれない。
 ましてや、人とその場その場の「嘘」でうまく切り抜けられないわたしだ。

 動物園に行っては獣くさい、水族館に行っては人が多い。
 夏祭りでは下駄の鼻緒を切らせて不機嫌になり、フードコートのご飯がまずいと店の悪口をこぼす。

 でも、そんなわたしをいつでも志遠は笑顔で受け入れてくれた。
『本当だ、最悪だね』
『渡辺の言うとおりだと思うよ』

 恋の仕方はいつになっても分からない。
 わたしの恋のノートは相変わらず白のまま。
 だけど、だからこそ、志遠といる時間は特別だった。

『渡辺さんが有光と付き合ってるん、嘘でしょ』
『不釣り合いすぎるよね』

 廊下で聞こえよがしの悪口が聞こえてきても、受け流せる。
 そういう強さをくれたのも志遠だった。

 高2の秋、1回目の進路調査が行われた日の放課後、わたしは志遠に打ち明けた。

『わたし、浪人してでもT大学に行きたいって思ってるの。
 中3の冬にインフルエンザにかかってしまって、ずるずる体調不良を引きずって高校受験の日にベストを尽くせなかった。ちょうどコロナが入ってきたばかりで微妙な時期だったから、精神的にもきつかった。それが今でも悔しくて。
 大学受験こそは、絶対に後悔がないように、頑張りたいの』

 まさか大学受験で別の種類の”後悔”を残すことになろうとはつゆ知らず、十八歳のわたしは志遠に打ち明けたのだった。

 志遠は決して茶化さなかった。
 真剣に手を握って、相変わらず茶色に輝く瞳で励ました。

『じゃあ、一緒にT大学を目指そう。僕も渡辺となら頑張れる』

 一瞬、どこかから光が差し込んだのかと思った。
 誰かと一緒に何かを目指そうなんて、思ったことがなかった。
 受験は孤独な戦いだぞ――大人たちが無責任に放つ呪いの言葉を、志遠は光で吹き飛ばした。

 きっと、わたしにならできる。
 誰かを幸せにすることは苦手なわたしだけれど、期待に応えることで喜ばせられたなら。


 だけどわたしはそんなに強くない。
 光をひたむきに信じられるほどの力がわたしにはなかった。

――もし落ちたらどうしよう。

 うまく偏差値が伸びず、不合格になる夢を見る回数が増えた。
 だんだんと、自習室で志遠に苦手教科を教わる時間が、怖くなった。

 何度も何度も訪れるコロナ流行の波。
 不規則に発令される緊急事態宣言。
 こんな近距離で勉強を教わって、もしものことがあったら。

 志遠の貴重な時間を、馬鹿なわたしが奪っている。
 その事実に毎晩震えた。

――わたしに勉強を教えてるせいで、志遠が不合格になったらどうしよう。

 志遠はわたしよりずっとずっと優秀なのに、足を引っ張っているとしたら。
 志遠の人生を変えてしまうことになる。

――志遠を解放してあげなきゃ。

 わたしはひとりで別れを決意した。