ずらりと並んだ制服姿。
 でもこの席からだとどうしても見えない人もいる。

 二十歳になったわたしが、まだ十八歳の頃に未練があるとするならば。


 出席番号1番――有光志遠。




 彼は、2年後の世界では、死んでいる。








 わたしが十八歳の時にも、3回タイムリープしたときにも、卒業式に参加しなかったもう一つの理由。
 それは志遠と顔を合わせるのが怖かったことだ。

 志遠はわたしにとっての”元カレ”だ。
 二十歳のわたしにとってもそうだし、十八歳のこの日のわたしにとっても。


 志遠はわたしなんかよりずっとずっと頭のいい人だった。
『一緒にT大学を目指そう』
 わたしを受験勉強に奮い立たせてくれたのも、志遠だった。

 高校1年生の後期に、じゃんけんで負けて図書委員になった。
 隣のクラスで委員を務めていたのが、有光志遠だった。
 見た目は割と地味な方。
 髪を染めているわけでもないし、身長がとびきり高いわけでもない。
 マスクをしているとなおさら地味な見た目。
 でも黒縁の奥の瞳はうっすらと茶色く透明で、何か他の人には見えないものを見ている気がする。

 図書委員会全体で主催したオンラインビブリオバトルの準備中から、志遠の魅力をなんとなく感じるようになっていた。
 周りにさりげない気遣いができる、他の子たちよりちょっと大人びた男の子で、でも決して偉ぶることも押しが強いこともない人。

 そんな志遠に告白されたときには面食らった。
 ビブリオバトルが盛況に終わった翌週のことだった。
 その時にはすでに志遠に覚える感情は”恋愛感情”だと自覚しつつあった。

『わたしでいいの?』

 放課後の音楽室に呼び出されたわたしは、思わずそう尋ねた。
 志遠はきょとんとした顔をしてから、爆笑した。
 そんなこと聞くの、と言いながら腹を抱える志遠は、無邪気な男子高校生そのものだった。

『渡辺といると楽しいし、もっともっと成長できそうな気がするんだ』
『わたしといると楽しい? 変わってるね……』

 どう考えたってクラスにいる女子の中で一番話を盛り上げるのが下手なのに。
 うまく相槌を打つことも大きなリアクションをすることもできない。
 もちろん、学校行事のフィナーレでわんわん泣くこともできない。

『渡辺に嘘はないから』
『……それ、褒め言葉?』
『もちろん』

……わたしに嘘はない。
 というか、嘘をつけないのだと思う。だからなじめないのだが。
 良くも悪くも、それは事実だとわたしも思った。




 体育館での卒業式が終わり、わたしたちは最後のホームルームを迎えるべく、教室に戻った。
 校舎と体育館をつなぐ渡り廊下では1年生たちが紙吹雪を散らす。
 赤、ピンク、青、黄色……色とりどりの紙吹雪に、甲高い声を上げる女子たち。

「先輩、大好きー!」
「せんぱーい、卒業しても遊びにきてくださーい!」

 明らかにわたしにだけは向けられていないメッセージを聞き流しつつ、わたしは宙に舞っては制服の肩に乗る紙吹雪を見つめる。

 わたしの恋に色があったとしたら、それは、白。

 真っ白なノートを前にしてたじろぐ、そんな恋。

 何より、決して嘘がつけない、潔白さ。

 でも、一度だけわたしは志遠に嘘をついたのだけれど。