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そんな日々は突然、呆気なく終わりを告げた。きっかけとなる事件が起こったのは、絵画の甲子園の作品提出締め切りが一週間前に迫った、九月も末を迎える頃のこと。季節はまだ夏の残り香漂う、本格的な秋の入り口にさしかかったばかりの、そんなある日。
高校の特別棟校舎で、ボヤ騒ぎがあった。
火元は化学準備室。そこに保存されていた薬品からの発火だったらしい。幸い平日だったから、部屋に上がった炎は通りがかった生徒によって比較的早い段階で発見され、大事には至らなかった。
けれどその炎は、化学準備室の薬品棚の一部と、そこに隣接する壁、さらにその壁から続く隣室の一部に至るまでを黒く焼いた。
その、隣室こそが美術準備室だった。
そして美術準備室の、まさに炎によって焼かれた壁際、そこに設置された棚の中に、美術部に所属する生徒たちの作品は纏めて収納されていた。俺がコンクールに出す予定だった一枚の絵も、半分ほどが炭で塗りつぶされたみたいに真っ黒になっていた。
それを見た時、俺の目の前も真っ暗になった。
その日の放課後、俺をはじめとした美術部の部員と、顧問の先生、そして部室にいつも通り顔を出した裕也とで、美術準備室の片付けをした。
作品が燃えたのは俺だけではない。同じように自身の作品が被害に遭った数名は皆、各々思うことがあったのだろう。いつも集まれば途端に賑やかになる部員達も今日は皆、一様に浮かない顔で口をつぐんでいた。
そのまま黙々と作業をして、最終下校時刻も近くなった頃、「あとはやっておくから、みんなは帰りなさい」という先生のお言葉に甘えて、俺たちはひと足先に学校の門をくぐった。
帰り道、俺の横を裕也が歩く。「あの、さ」というどこか遠慮がちな声が聞こえて、そういえば今日の放課後は、一度も彼と話をしていなかったことに気が付いた。
「大丈夫?」
ポツリと落とされた裕也の声、俺はそれに何と返していいか分からなくて。今更ながら二人の間に流れる気まずい空気を自覚して、こちらを見る彼からそっと視線を逸らした。
「ごめん。こんな落ち込んでるとことか見せられても、困るよな」
さすがに締め切り一週間前から作品を作り直すのは不可能だ。つまり今回、俺はコンクールを諦めなければならなくなった。作品が燃えたという事実ももちろん悲しかったが、その先、受賞者への大学推薦枠を狙っていた俺の胸中は、この時、一言で言い表せるほど単純なものではなかった。
「お前が謝ること、ないだろ」
「……」
「絵、やめたりしないよな?」
「今はちょっと、そういうの考える気分になれない。しばらくそっとしておいてくれないか」
今は何を言われても駄目な気がした。気が立っている自覚もあった。なにより、自分の中で自分の感情を上手く整理できそうになかったから。
放っておいてほしい。しばらくしたら、多分、元に戻るから。
それが本音だった。
「でも……」
それなのに、なおも何かを言おうとする彼に、この時俺は苛立った。
「俺はお前と違って、そんな簡単な気持ちで絵を描いてたわけじゃないんだよ!」
気付けば、そう、怒鳴るように言葉をぶつけていた。立ち止まって、それまで地面に俯けていた顔を上げる。この時になってようやく俺は、彼の顔をまともに見た。
“やってしまった”という思いと、“どうして”という疑問が同時に湧いた。
彼は何か、痛みに耐えるような顔をして、静かにこちらを見ていた。
なんでお前が、そんな顔をするんだよ。それじゃあまるで、絵を燃やされた当事者はお前の方みたいじゃないか。
そんな言葉が喉元まで出かかって。けれど結局、それは軽く空気を揺らしただけで、音にはならずに消えていった。いたたまれなくて、再度、裕也から目を逸らす。
「……ごめん。今、余裕ないんだ」
何とかそれだけ口にして、俺は彼を置いて歩き出した。
「いい加減な気持ちで絵を描いたことなんて、これまで一度もなかったよ」
だから、そのあと、歩き去る俺の背に向かって呟かれた裕也の言葉が、俺自身に届くことはなかった。