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季節は過ぎて、俺たちは揃って二年生に進級した。学年が上がっても、俺たちは別々のクラスのままだったから。やっぱり放課後、いつもの美術室で互いに顔を合わせる、そんな一年生の頃と同じような毎日が続いた。
けれど変わったことが一つある。
「なぁ、そういえばさ、颯斗そっちのクラスにいるだろ」
「颯斗?」
「 楠瀬颯斗、俺の幼馴染」
「あ、あの爽やか系イケメン」
思わず呟いた俺の言葉を裕也は正しく拾って、そうして小さくプッと吹き出した。
「なんだよそれ」
「いや、なんか女子が言ってた」
「あぁ、なるほど。あいつ昔からモテるんだよなぁ」
「へぇ」
「あ、いや、俺だって結構モテる方なんだぞ? あいつには負けるけど」
「はいはい」
「信じてないな?」
別に信じていないわけではない。裕也も容姿は整っている方だし、なんなら背も高い。中高生のモテる基準なんて、大概そんなものだろう。大人のことは知らないが。
「それで、その楠瀬って人がどうしたの?」
「いや、単純に同じクラスいいなぁって」
それは楠瀬と一緒のクラスになった俺に対する「いいなぁ」なのか、それとも俺と一緒のクラスになった楠瀬に対する「いいなぁ」なのか。どちらかいまいちよく分からなかった。
どちらにしろ、結果的にそのどちらとも同じクラスになれなかった裕也は、俺の目の前で膨れっ面をしている。
新しいクラスになって一ヶ月も経たないうちに、俺は気付けば件の楠瀬と結構仲良くなっていた。というのも、互いの名字が久東と楠瀬だったから、主席番号が前後になったというのが理由の大半。
学年初め、出席番号順にクラスの席を並べることが多いこの世の中で、例に違わず俺のクラスもそうだったから、席が彼と前後になったのだ。
そして理由のもう半分は、“裕也”という共通の友人がいたこと、そしてあとは単純に、話してみたら案外馬が合ったということの二つが占める。
「今日も美術室?」
放課後、ホームルームの終わった教室。さよならの号令を済ませた生徒達が、思い思いに動き出す時間。いつも通り、通学鞄に最低限の教科書だけを詰め込む作業に取り掛かっていたら、こちらを振り返った楠瀬が、そう声をかけてきた。
「うん」
「陽乃も何か描いてる?」
「今? あぁ、最近は毎日何かしら描いてる」
「そう。よかった」
楠瀬の『よかった』という言葉にどこか引っ掛かりを覚えて聞き返す。
「え、なんで?」
「いや、まぁこっちの話」
その質問はしかし、曖昧にはぐらかされてしまった。なんだか少し面白くない。そんな俺の気持ちを察したのか、彼は少しだけ考える素振りを見せたあと、先の返答に言葉を足した。
「いやさ、あいつ、昔は絵描いてたんだよ。けど色々あってやめちゃってさ」
「色々?」
「そこは本人から聞いて。多分いつか、あいつからお前に喋るだろ」
「そっ、か」
そう言われてしまえばそれ以上追求することはできなくて、俺は大人しく口をつぐむ。
「ところでお前は?」
「うん?」
「久東は今、何描いてるの?」
気まずくなりかけた空気を払拭するかのように、彼は一転、明るい調子で尋ねてきた。だから、俺も
「実は今、大作描いてる」
冗談めいた口調でそう返す。楠瀬も応じてニヤリと笑うと、「お兄さん、それなら高く買いますよ?」なんて言ってきて。それから彼は、スッといつもの爽やかな笑みを浮かべ、ハハッと楽しげな声を上げた。俺もつられて笑って、そうしてひとしきり笑い終えたあと、ちょっとだけ真面目に言葉を足した。
「いや、でもさ、大作ってのはあながち全部冗談ってわけでもないんだ」
「というと?」
「絵を描く高校生対象のさ、全国コンクールに出してみようと思ってる」
“絵画の甲子園”と呼ばれるそれは、絵を描く学生なら誰もが憧れる大きなコンクールの一つ。そこには、日本全国の腕自慢がこぞってエントリーしてくる。コンクールの受賞者は、特定の芸術系大学における特別推薦枠を得られることでも有名だ。
「まじか。すごいじゃん。できたら見せてよ。絵の良し悪しとか、詳しいことは分からないけど、見てみたい」
「もちろん」
そんなことを話していると、聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。
「あれ? 柊、まだ教室いたんだ。今日は部室行かないのか?」
教室の入り口、その声の正体は裕也だ。
「お、陽乃!」
「よー、楠瀬」
なんてあちらも言葉を交わしている。「失礼します」と言いながら教室に入ってきた彼に、先ほど投げられた質問の答えを返す。
「これから行くところ。お前も行くか?」
「あぁ、そのつもり」
「じゃあ俺も、そろそろ部活行こうかな」
話の区切り、楠瀬も鞄を持った。
「「「また明日」」」
そうして俺たちは三人、挨拶を交わし、各々教室から目指す先へと足を向けた。