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その日から、度々裕也は放課後の美術室を訪れるようになっていた。時間は決まって俺以外の生徒が帰ったあと。
二回目に来た時は「あ、やっぱいた」なんて入り口でこちらに手を振って。それ以降は当たり前のように、何も言わずに美術室に入ってきた。
彼は俺が絵を描くのを黙って横で見ていた。時々喋って、なんとなく一緒に片付けをして帰る。ただそれだけ。
そんなことがしばらく続いて、気まぐれに俺は彼に言ってみたのだ。「絵、描いてみないか」と。彼は一瞬戸惑ったような表情を見せたけれど、俺が絵筆を渡せばおずおずと受け取って。「上手く描けるか分かんないけど」なんて言いながら、真っ白なキャンバスにそっと左手をのせた。
その時、俺は初めて、彼が左利きなのだと知った。
出来上がった絵は俺が嫉妬するくらいには上手くて。あぁ、俺も彼の絵が好きだな、なんて思ったけれど。恥ずかしいからもちろん口にはしなかった。
「上手いじゃん」
言えたのはそれだけなのに、裕也はとても嬉しそうに笑った。
裕也が初めて絵を描いてくれた日から、時々、彼も絵筆を握るようになっていた。何度か彼を美術部に入ったらどうかと誘ったけれど、それには首を縦には振ってくれなくて。理由を聞いたら「俺は、そういうんじゃないから」と、なんともよく分からない誤魔化し方をされた。
別に入部を強制するつもりもなかったし、そんなことしなくたって、これまで通りに放課後、美術室でのあの時間は続いていたから、「まぁ、いいか」なんて思って。いつしか勧誘するのはやめていた。