入院から数日、ようやく隣のベッドが埋まるときが来た。


夢見病患者とその他の病を患っている患者は病室が分けられているから、隣の人もおそらく夢見病。


隣は見ず知らずの人だけれど、ひとりの空間ではなくなったことで少し気が楽になった。



「ママ、いつ帰れるの?」


「いつだろうね、ママ頑張るね」


「うん」


入院しているのはお母さんだろうか。


まだ幼い女の子の高い声が病室に響いた。


「よーっし、そろそろ帰ろうか」


「うん」


「パパもありがとう」
 

「いえいえ。家のことは気にせずゆっくり休んでな」


「うん、じゃあね」

 
最後まで聞いて、胸が苦しくなった。


過去のお母さんと私の会話が一致した。
 

「すみません。お騒がせしました」


賑やかだった病室が静まり返ると、カーテン越しに謝罪が飛んできた。


けれど、申し訳ないと思ってほしくなくて口角を上げて口を開いた。
 

「いえ、賑やかが一番ですから。気にしないでください」

 
「ありがとうございます。そうですね。私も、最近は賑やかで困っちゃうくらいがちょうどいいかなって思うんです」
 

「ですね」

 
「あの、お名前をお聞きしても?」

 
「はい、東屋蒼来といいます」

 
「蒼来ちゃん、可愛い名前ですね。私は西崎灯(にしざきあかり)です」

 
「西と東、ですね」

 
思わぬ発見に、ふふ、という声が部屋に響いた。

 
「あの、蒼来ちゃんはもしかして……」

 
「もしかしてのもしかしてです」

 
一気に声の調子が下がり、探るような口調になったところで、そのもしかしてというのが夢見病を指していると察した。

 
「すみません、いきなり聞いてしまって」

 
「いえ、お気になさらないでください」

 
「お気遣いありがとうございます。実は私も夢見病なんです」
 

「そうでしたか。知れてよかったです」
 

自分でもよくわからない返しをしたと思う。
 

そんな私に西崎さんは笑った。
 

なんとなく、西崎さんとの出会いは、私を孤独から現実世界へと導いてくれるように思えた。