ひとりだと考えなくていいことまで考えてしまうのは私の悪い癖。
眠れないまま朝を迎えると、思考も夜を越えられずにいた。
いつか思考だけでも前向きになれればいいなと思うけど今の私からは考えられない。
お父さんの前では空元気でも笑顔でいるのも精一杯。
なんてことばかりを考えてしまうこんな日は外の空気を吸いたくて屋上に足を進めた。
屋上へと繋がる廊下を歩いていると、近くから若い男性の怒声が胸に刺さる。
「もう来るなって言っただろ」
「どうしてそんなこと言うの」
突き放す言い方に、別の誰かがそれを止めようと必死になる。
病院ではよくあることなのだろうけど、何度聞いても慣れられない。
全てをリセットしてしまいたくなる気持ちは、私にもわかるところがあるから。
その後もあの会話を無意識に脳内でリピートしながら歩き続けた。
誰かもわからない人の会話を考えるのは時間の浪費だとわかっているけれど、それでも私から離れてくれないあの会話を抱えたまま、屋上についた。
そこはまるで日本の庭園を象徴させるような作りで、それには自然と心が癒えていく。
運よく、人影はない。
小さくガッツポーズをして、2人掛けのベンチに腰を掛けた。
そこから下を見て、思わず、周りを悲しませずに死ぬ方法があれば楽だろうな、なんてことを考える。
生きることに希望は見いだせないけれど、死という選択をする度胸はない。
今ここで死ねたら楽だろうな、と冗談交じりに呟いた。
「飛び降りないよな?」
「うん、え?」
振り返ると、そこにはクラスメイトの葉月透真(はづきとうま)くんがいた。
鮮やかなジーパンに白のTシャツをインしたラフな格好だ。
170を超えているであろう身長のせいか、スタイルの良さには思わず目を奪われた。
「だから、飛び降りないよな?って」
「飛び降りないよ。ただ外の空気を吸ってただけ」
「よかった……」
安堵の声を漏らした葉月くんは、私の隣に腰を下ろした。
「ねぇ、葉月くんはどうしてここに?」
「俺は家族のお見舞い」
「そっか。ごめんね、言いたくないこと聞いちゃったよね」
「いや、東屋さんが気にすることではないよ」
「そっ、か」
クラスメイトとはいえそれ以上ではないから距離感が掴めない。
それなのに、ずいぶんと踏み込んだ質問をしてしまったなと思った。
「早く退院できることを願ってるよ」
「ありがとう」
のその言葉に、少しだけ心が軽くなった。
早く治ることではなく、早く退院できることを願ってくれた葉月くんに、不思議と嫌な気はしなかった。
入院して落ち込んでいたところを、治らないからずっと病院だと思っていたところを、葉月くんの言葉だけが肯定してくれた。
なんとなく、そんな気がした。
「もう少しだけ話さない?」
慌てて葉月くんを引き留める。
「俺でいいなら何時間でも付き合うよ。別に同情とかじゃないから。俺も話したい」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
葉月くんとはただのクラスメイトという共通点しか持ち合わせていないからこれといった話題はないのだけど、それでも一緒にいたいと思った。
きっと、葉月くんの考え方や優しい雰囲気に惹かれたからだと思う。
「夏休みの予定、決まってるの?」
「15日の花火大会は行きたいな」
意味もなく聞き出した葉月くんの予定は、毎年恒例となっている町の花火大会だった。
別に、有名なわけではないし、規模が大きいわけでもない。
隣町の花火大会が豪華だからよく人が流れているのというも聞くけれど、花火大会は町が誇る大きなイベントのひとつだった。
「いいね。あの花火のクライマックスがたまらないよね」
「だよな。あの瞬間、観客が輝くのがいいんだよ」
そっか、照らされてるんだ、観客も。
夜空に気が向きがちの花火だけど、葉月くんの考えも素敵だなと思う。
「うん、心に訴えかけられてる気がする」
「そうそう」
花火の話題で盛り上がり、いつの間にか退院への思いも強くなっていた。
今年の花火は会場で屋台を回りながら楽しみたい。
生きる意味を、ひとつ見つけられたような気がした。
「また会えたら話そうよ」
そう言ってお決まりのように笑って見せた。
「そうだな」
葉月くんとは、またね、と言って別れて、病室に戻った。
外の空気は美味しかったし、葉月くんとも話せたことで、悩みが少しだけ和らいだ気がする。
夏休みを充実して過ごすためにも、今は安静にしていようと決めた。