井戸端に取り残された女神さまは、そこでようやく我に返ってテオが消えた門前を睨みつけます。
「くううぅぅ。なんなのじゃ、あやつは。えらっそーに!」
「あ、ごめんね。テオっていつもあんなだから……」
 エレナが律儀に反応してくれます。

「わたしはエレナ。あなたは?」
 その言葉に女神さまはくりんとおからだごとエレナの方を振り向かれます。
「名前を聞いたか? わらわの名前を」
「え、ええ」
「よろしい。教えてやろう。わらわこそはうるわしの女神、その名も……」
 そこで女神さまは声を詰まらせ咳き込まれました。
「大丈夫?」
「わらわの名は……」
 また咳き込んで喉を押さえられます。

「あ、お水を……」
 慌ててエレナが差し出したお椀からお水を飲み、女神さまはぜいぜいと息をつかれました。
「大丈夫? 具合が悪いの?」
「なんでじゃ……」
 心配して問いかけているエレナを無視して、女神さまは深刻な顔でうつむかれます。

 やがてキッと目を上げると後も見ずに走り出し、裏路地へ飛び出して行ってしまわれました。
 その姿を見送ってエレナは呆然としています。

 ああ、もう。しょうのない御方。わたしはやれやれと女神さまを追いかけます。

 無数の狭い路地のどこに女神さまが入り込んでしまわれたのか。わたしは背中のはねを目いっぱい羽ばたかせて軒並みを見下ろせる位置まで上がります。

 するとさほど離れていない道の先細りの部分で、女神さまがうずくまっておられるのがわかりました。
 いくら「ちんちくりん」なお姿になってしまわれたとはいえ、わたしにとっては光り輝く御方。見失う訳がないのです。

 舞い下りて女神さまの肩先からようすを窺います。
「なんでじゃ……どうしてじゃ……」
 女神さまは両の手に顔を埋めて呻いておられます。この事態に、さすがの女神さまもへこんでいらっしゃるようです。

 お可哀そうに。おでこの方に回ってつんと前髪に触れると、はっと女神さまは顔を上げられました。
「ティア!」
 とたんにわたしは、ぱふっと女神さまの両の手に捕らえられてしまったのです。

「苦しいです、女神さま。もちょっと手をゆるめて下さい」
「ティアー。わらわが酷い目に合っておるというに、今の今までどこにいたのじゃっ?」
「ずうっとおそばにおりましたよ。貴女さまが気がつかれなかっただけです」
「なにおう? そのようなことがあるはずもない。わらわがそなたの気配に気づかぬなど」