第一章 
  
 
                    和泉碧 現在         



 「それでは登場していただきましょう。芥川賞を受賞されました、立花桜先生です。おめでとうございます!」
 司会者の言葉で、会場に居合わせる記者や、ファンのボルテージが一気に上昇する。
 桜という名前から、世の中は勝手に女性だと想像する。実際に見ていない、会っていないのにも関わらず、「10年に一度の美人作家」なんて肩書きまでついた。誰が言い始めたのかわからない。僕は今日まで一切公の場に顔を出していない為、僕の素顔を知っていたのは、立花桜の専属編集者で僕のいとこ、栞だけだった。

 そうとは知らず誰かが「桜先生と遭遇した」という書き込みをした。「美しかった」「握手をした手が綺麗だった」と言う内容が一気に広まっていき、その書き込みには沢山の『いいね』がついた。何処の馬の骨かも分からない人たちが、他にも沢山の噂を流し騒ぎ立て、立花桜の理想像が出来上がった。そして今回の「作家・立花桜初顔出しの日・生中継」を日本中が注目することになった。
 一切顔を出さない事に不満を覚え、注目を浴びている立花桜に嫉妬をした人たちが、誹謗中傷の書き込みをした。「顔を出さないのはブサイクだからじゃね?」「10年に一度とかしょーもな」「あいつの小説マジで嫌い」「どうせすぐ消える」きっとこれが彼らにとってストレスの発散の仕方なのだろう。

 そこで僕は当事者になって改めて思った。普段の不満を誰かにぶつけることでしか楽になれない人たちが世界にはあまりにも多すぎる。そして、自分が楽になることで、誰かが苦しむと言うことを、想像できない人があまりにも多すぎる。

 裏で一緒に待機をしていた栞と目を合わせ互いに頷く。『大丈夫』と言われている気がして自然と緊張が解れた感覚になった。いざ登壇の時。僕の姿を見るなり、一気に会場が静寂に包まれた。僕は深く深呼吸をして動悸を抑え込み、話し始めた。