花が斎園寺家で暮らし始めて一ヶ月が経った。
 燈夜やお世話係の千代子のおかげでとても心地良い生活を送れていた。
 誰かと食卓を囲み、楽しい会話をする温かな時間。
 美藤家での生活が嘘のように感じる。
 こんなに幸せで良いのかと思ってしまうほどに。
 時々、花は感謝の言葉を燈夜に伝えていた。
 「燈夜様、ありがとうございます」
 「あの日のことか?」
 今日は燈夜の書斎で一緒に書物を読んでいる。
 休日の日は町に行くこともあるがまだ行き交う人々は花の薄桜色の髪を見てひそひそと話している。
 ある程度は慣れたがその視線に耐えきれず辛くなった時は燈夜や千代子が所用を早く切り上げて帰宅を促してくれる。
 そんな時屋敷ではこうして書物を読んだり、新たな料理に挑戦したりして過ごしている。
 花が幸せに満ちている瞬間がある度、自分がこうして生きていることは貴方のおかげだと言葉にして傍にいる燈夜に伝える。
 何回伝えても燈夜は嫌な顔せず、優しく受け止めてくれた。読んでいた書物に栞を挟み花を見つめる。
 「この時間がとても幸せで……。あの日の夜、燈夜様に出逢えて本当に良かったです。…!この話は何回も言っていますよね、すみません……」
 きっともう聞き飽きただろう。
 ここ最近同じ話ばかりだというのは自分でも分かる。
 話しすぎてしまったと申し訳なさに思わず下を向く。
 しかし降ってきたのは優しい声色だった。
 「謝らなくて良い。俺も花と出逢えて幸せだ。ありがとう」
 「燈夜様……」
 視線が絡み合い静かな時が流れる。
 外の鳥のさえずりや風で木々の葉が揺れる音が聞こえる。
 窓から入る木漏れ日が部屋に差し、花と燈夜を照らす。
 災いが起こる辛い世の中だが、ただこの時だけは幸せをかみしめていたいと二人は思っていたのだった