まだ夜の八時前だというのに駅前はすっかり闇に沈んでいた。
 各駅停車しか止まらず、コンビニすら潰れてしまった都会の谷間。
 雑居ビル三階に入る学習塾の明かりだけが、別世界とつながっているかのようにやけにまぶしい。
 ああ、そうか、受験シーズンだからか。
 そういえば、娘も十八だったか。
 俺もオッサンになるわけだ。
 と言っても、その娘とはもう十五年以上会っていない。
 新卒で大手メーカーに就職、転勤した先で知り合った女性と三十で職場結婚し、二年後に娘が生まれたものの、その頃から夫婦の会話がなくなり、妻は娘を連れて実家に帰ってしまった。
 別居して一年ほどで離婚届が送られてきて、署名して送り返しただけで俺の短い結婚生活は終わった。
 今は本社に戻って、この都会の谷間で男の一人暮らしをしている。
 妻が出ていって以来、娘の顔を見ていない。
 どんな娘になったのか、想像の中ですら思い浮かびもしない。
 妻は介護の仕事で生計を立てているらしいが、地方の給料では母娘二人で生活するのがやっとだっただろう。
 少ないながらも養育費は払ってきたから、父親としての務めは果たしたと自分では思っている。
 文字だけの年賀状で、元気に育っていることだけは聞いていた。
 俺の方は五年くらい前に、万一のためにメールアドレスを添えて返事を出しておいたけど、もちろん連絡など来たことはない。
 ――あの子も大学受験、頑張ってるのかな。
 そんな感傷をかき消すように、閑散とした駅前を北風が吹き抜けていく。
 俺はコートの襟をかき寄せて閉店間際のスーパーへ向かった。
 駅から一本入ったところに昔ながらの食品スーパーがある。
 俺はほぼ毎日、ここで見切り品の惣菜や弁当を買って帰っている。
 なのに今日に限って、すべて売り切れとはどういうことなんだろうか。
 揚げ物も、刺身も、寿司も弁当も、ベーカリーコーナーですら棚には何もない。
 ――おいおい、嘘だろ。
 家に何かあったかな。
 朝飯用の食パンくらいしかないよな。
 最近は夜食なんか食ったらすぐに太るし、健康診断でもネチネチ言われるから、カップ麺の買い置きなんかもない。
 どこかに開いてる飯屋なんてあるかな。
 この店ももうすぐ終業時間で、他に食料品を買えるスーパーやコンビニはない。
 仕方がない、レトルトカレーでも買っていくか。
 ――あ、ご飯もないんだった。
 冷凍しておいたのは昨日食べてしまったんだった。
 米はあるが、これから炊くのも面倒だ。