チーム半妖が打ち合わせしているときに、ナナは思い切って一緒に行きたいと提案してみた。エイトは驚いた顔をして、反対した。

「私の思いを見届けたい。そうしないと、きっと怨みは終わることはないと思うの」

「仇討ちが終わっても、怨みが終わることはないと思うよ」

 樹が優しく諭す。みんなが悲しそうな顔をしてナナをみつめている。それは、人間が立ち入れない領域に踏み込むべきではないという表情だった。たくさんの怨みと向き合ってきた半妖たちだからこそ、人間の欲深さ、傲慢さ、強欲でわがままな部分を知り尽くしているのだろう。そして、人が持つ怨みの根深さや執着心を知り尽くしているというのが半妖なのだろう。人間が持つ一番嫌な汚い部分を見続けなければいけない半妖たちは辛い運命を持っている。それをエイトの父親がなくすように動いてくれていることは救いだと思う。

「加害者は80歳の無職男性。元々会社員で温厚でまじめな性格。最近は足腰が悪く、車で外出することが多いとの情報だ」

 鬼山が資料を読み上げた。

「高齢であるが故のアクセルとブレーキの踏み間違えという最近よくある事故だな」

 少し怒りの表情のエイト。

「でも、悪気はないと思う。ただ、運が悪かったとしか言いようがないのよ。その人にも家族がいるわけだし、孫もいて高齢の妻と静かに暮らしている幸せな家庭みたいよ」

 愛沢は被害者を庇った表現をする。どんなに人柄が良い人だとしても、私たちにとっては敵であり、忘れられない事故だ。時間が風化させるなんてありえない。絶対にない。

「足腰が悪いから車で移動するという考え方は間違っていると思う」

 足腰が悪ければ、ブレーキを踏むタイミングが遅れることだってあるし、他人に迷惑をかける可能性である年齢であることをわかっていながら、平然とハンドルを握ることは許せない事実だった。もちろんベテランで、長年無事故無違反だったとしても、判断力の低下や認知機能の低下は訪れる。若い人だって、そういったことはあるだろうが、ニュースになり高齢ドライバーの問題がとりだたされていた。自分は大丈夫だと思っていたから、運転して事故を起こしたのだろう。もちろん、お詫びの言葉や謝罪は充分にされたと思う。でも、母が帰って来ることはない。

「でも、私のたった一人しかいない母親は死んでしまった」

「今は不幸かもしれない。でも、そのおかげでこうやって楽しく暮らしている現実もある。だから、無理に仇を討つ必要もないと思う」

 樹が諭す。樹は穏やかな緑の癒しパワーを持つ半妖だ。だからなのか、いつも緑のオーラに囲まれた穏やかな空気を放つ。彼の性格はとても温厚だと思う。でも、やっぱり、誰が正論を言おうと怒りや憎しみは消えない。教科書どおり、道徳的なことで片づけられる問題ではないことが世の中にはあると思う。たとえば、身内や大切な人を傷つけられたり、消された場合は、顕著だと思う。

「もし、その相手から怨みを買って仇討ちされる可能性もあるかもしれない」
 鬼山は、日に当たらない痩せた顔で、表情を変えずに諭す。できればそういったことをナナにはしてほしくないのかもしれない。

 エイトは重い口を開く。

「俺がナナの立場ならば、仇討ちを望む気持ちはわかる。そして、婚約者が殺されたならば、仇を取りたいと思うのが普通だ。しかし、俺は自分の意志で仇を取ったり、仲間に依頼はできない。だから、ずっと我慢していた。怨みは自分に返ってくると言われている。もし、この先自分が不幸になったとしても仇討ちを実行するか?」

「私、幸せになりたいけれど、そのために、エイトの分も仇を討ちたい。どうしても、相手が普通に生活しているなんて許せないの。人間ってどす黒い部分があるよね。自分でも初めて気づいた。自分が怖い……。どんな不幸の見返りがあるんだろう?」

 ナナは自分の腹黒い部分に気づき、とても嫌悪感を感じる。そんな自分が大嫌いだけれど、嫌な部分を切り離せるはずもなく、自分として生きていかなければいけない。仇を討ったことも全部ひっくるめて自分の人生として背負っていかなければいけないと思っている。

「実際悪いことをすれば自分に返ってくると言われているが、ほとんど迷信だ。それは、半妖の俺たちが良く知っているよ。実際怨みを果たした人が全員不幸になったという話は聞かない。因果応報っていうのは半ば都市伝説レベルの話だ」

「私も参加させて。見てるだけでいいから」
 ナナは無理を言って仇討ちに参加を望んだ。

「人間は参加するの禁止なんだよねぇ」
 サイコは困った顔をした。しかし、エイトはその申し出に対して許容する。

「覚悟があるならば、特例として付き添ってみている分にはかまわねー。俺と一緒に仇を討ったという事実を受け止めて、背負って生きていく覚悟はあるか?」

「覚悟は決めたよ。エイトが今までやらなければいけなかったさだめを私も一緒に背負って生きていきたい」
 その言葉の重みと真剣な表情に誰一人文句を言うものはいない。

「さて、今夜は仇討ちだ。今日は、店はいつもどおりやってくれ。漫画のアシスタントの仕事もいつも通りやってほしい。特別な仇討ちとなるのだから俺一人でやる」

「せんせぇが一人でやるの? サイコもやりたかったぁ。考えただけで、わくわくするねぇ。どんな方法で葬るんだい? 寿命は半分残すとしても高齢なんだろ。あまり寿命は残っていないと思うけどねぇ」

 サイコは人の不幸をわくわく楽しんでいるあたり、サイコパスと言われている理由も納得する。悪い人ではないと思うけれど、そのあたりは一般人とは感覚が違うと思う。

「それなんだけどな、相手は高齢だ。早めにあの世に行くことになるだけだが、ナナは苦しめたいか? 入院するような外傷を負わせたいか?」

「私のお母さんと同じことを味わってほしいの」

「でも、即死は半妖の力ではできないけどな」

「恐怖を味わってほしい。でも、罪を背負い、恐怖を覚えていたまま生きていてほしいの」

「交通事故に遭わせるということか?」

「遭わせるけれど、ケガはさせないよ。その人、ちゃんと警察に連絡して、相応の対応をしてくれたし、免許は取り消しになっているし」

「相手もその時、驚いただろうし、恐怖を味わったと思う。でも、ケガをさせないけれど、車が衝突するかもしれない恐怖を味わってほしいの。私、性格悪いかな?」

「そうか、今夜は俺とナナだけで行こう。トラックは幻想の術で見えるように本物のように見せることができるからな」

 銀色に輝くエイトを久しぶりに見た。死神モードとなったとき、髪の毛が金色から銀色に変わる。もちろん、金色は脱色しているだけで、本来は黒い髪の毛なのだろうけれど。銀色は死神である父親譲りの純粋な髪色だ。これが妖怪である彼の部分を顕著に表している。彼からみなぎる銀色のオーラは体全体をつつむ。彼は半妖仲間の中でも妖力が高いらしく、この姿を見た半妖はみんな一様に従うらしい。生死を扱う仕事が定めとなる半妖には死神の力がとても魅力的なのだろう。

 日が落ちてきたこの時間にエイトは加害者の男性の元に向かう。どうやら散歩しているらしく、いつも通るという道が半妖にはわかるらしい。

「ここで待っていれば、奴は来る」

 銀色になると、髪が長くなり、別人のような雰囲気になる。エイトは、だまっていると本当に美しい。そして、恐ろしさと特別な力を兼ね備えた最強の何者かになる。それは、依頼者にとってはヒーローかもしれないし、仇討ちされた側からすれば、悪役かもしれない。でも、それは人によって感じ方が変わるので、何者かとしか言えない。

 死神だけれど、半分だけという不思議なポジション。この人の死神としての仕事を依頼し、立ち会うこととなる。初めての瞬間だ。