帰宅途中、車までの山道でつまづく。おっちょこちいなので、こういう経験は多々ある。当たり前のようにエイトが支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。エイトが優しく手を握る。小さなことだけれど、支えられているという安心感に包まれる。

「ここは足場が悪い。転びやすいから、ちゃんとつかまれ」

 思わぬ手つなぎの瞬間、胸が高鳴る。見上げると、彼がいて、支えてくれる。二人でひとつになったような気持ちになる。

「どこかで食べて帰るか?」
 いつも通り、エイトは食事の話をする。

「私、卒業したら家を出て寮生活をしようと思う」
 思っていたことを提案してみる。それは、エイトへの気持ちがこれ以上大きくならないようにしたいという思いと、迷惑をかけたくないという気持ちからだった。

「一人暮らしなんかしなくても、うちから通えるだろ? 志望校はうちから近い高校じゃなかったのか? 俺と一緒に住むのは嫌か?」
 エイトは寂しそうなまなざしを向ける。


「俺たちには普通の関係じゃないことがたくさんある。保護者であり、元婚約者の娘であり、その娘の父親代わりなんだよな。年だって、8つも上だ。しかも半妖ときた。でもさ、俺は本物の家族になりたいんだ」

 彼は少し沈黙してから、最後の一押しの言葉を発した。
 
「……でも、いいのかな。赤の他人の私がお世話になっても」

「俺はかまわない。もし、高校を卒業して、一人暮らしをしたいとかそういったときは金銭的な援助をしてあげたいと思っている。でも、もう少し……一緒に家族でいてほしい。一人はさびしいだろ。ナナの学力ならば合格できるだろうけれど、受験のための塾だとか参考書代は俺が負担してもいい。バックアップは全面的にするから」

 少し考えたが、真剣なまなざしで提案してくれた彼の申し出を受け入れた。本物の家族を目標としているおかしくもある関係性に自分でも少し独特な人生だとつっこむ。一生懸命色々考えてくれたり尽くしてくれる大人がいるナナは世界一幸せだ。

 どうか、この時間がずっと続きますようにと心で祈る。そして、最後にわだかまっていたことをエイトにお願いする。

「エイトにお願いがあるの。母親の怨みを晴らして!」

「まさか、半妖死神の力を使って怨み晴らしをするのか?」

「エイトは自分自身の怨みは晴らすことができないでしょ。でも、私の依頼ならば怨みを晴らすことができる」

「でも、怨みを晴らしたからと言って幸せになるとは限らないぞ。そして、怨みは己に帰ってくると言われている。それに、それ相応の刑罰は法律で課されているはずだ。美佐子さんの場合は、ひき逃げではないし、飲酒運転でもない。悪意のない殺人だ。寿命が半分になってもいいのか?」
 エイトは真剣なまなざしで問いかける。

「わかっている。自己満足でもいいし、もしも幸せになれなくてもいい。でも、不平等だよね。殺人犯だって、出所して楽しく生活している人間もいるんだし」

「そうだな、悪いことをしてものうのうと生きている奴だっている。この世の中は不平等でできているのかもしれない」

「正式に依頼します。ずっと迷っていたの。きっと母もそのほうが浮かばれるから」

「わかるよ。でも、死んだ人の気持ちなんて誰にもわからないはずなのに、生きている人が勝手に解釈して代弁することが多いんだよ。仇討ちは死んだ人のためじゃなくて自分のためだったりするんだよな」

「その通りだよ。私も実際自分の気持ちを納得させるために依頼しているのかもしれない。母のためというベールの下で私は勝手な思いをエイトに依頼しているのかもしれない。でも、道徳的に正しくなくてもいいの。私が後悔したくないから」

「わかったよ」
 説得してもだめだと納得したエイト。少し重い空気が漂う。2人は無言で帰宅する。