「ウーロン茶、1杯ください」
 さわやかな顔立ちの男性は、はじめてやってきたお客様だ。

「1人前でも牡蠣鍋って注文できますか?」

「大丈夫っすよ」
 サイコが笑顔で対応する。

「このお通しの漬物めちゃくちゃうまいですね。実は、鍋料理、死んだ彼女が好きだったんですよ。よく二人で鍋をつついたなぁ……」

「もしかして、彼女の仇を討ちたくてここにきたとかぁ?」

 サイコがさらっと聞く。

「本気にしていなかったんだけど、友達づてでそういう店があるって聞いたんだよね。まさか本当じゃないでしょ?」

「仇討ちは当店のメニューのひとつとなっております」
 樹が穏やかな口調で本当のことを説明する。

「彼女を惨殺した通り魔を殺してくれるってことですか?」

 男性は話をするたびに、語調が強くなる。一見気が弱そうなおとなしそうな人ほど、結構すごいことを考えていたりする。これは、今までの経験だ。

「通り魔に惨殺された? それは、黙っちゃおけないねぇ」
 サイコが怒りに満ちた表情をあらわにした。
 ナナも今日は牡蠣鍋を食しており、お客と同じものだった。

「仕事の帰り道に刃物を持った男がめった刺しにしたんだよ」

「そりゃあ、魂もうかばれないねぇ」

「彼女は苦しみながら殺された。俺は、彼女と結婚するつもりだったから家族を殺されたも同じだ。何もしていない人を刺して刑務所でのうのうと生きているなんて許せないだろ?」

「でも、うちでは全殺しはやっていませんよ。依頼主に半分寿命をいただいて、仇を討つ相手の寿命も半分だけいただく。そして、仇を討つ相手にはそれ相応の生き地獄を味わっていただくんです」

「今は裁判であんな奴を庇う弁護士に反吐が出ますよ。奴は生きて罪を償うのですか」

「寿命が半分になるということは、死刑囚ならば、死刑になるという可能性は高いかもしれませんね」

「生き地獄……悪くないですね」

 男の目が一瞬据わった感じがする。憎しみの深さが感じられる。

「それにしても、この牡蠣鍋、じんわりくるなぁ。体の芯からあったまるような感じだ。奴のことは、じんわり痛めつけてください」

 一見優しそうな男は、内なる秘めた凶暴性を時々垣間見せる。それは、本来持ち合わせた凶暴性で、きっと何かの拍子に見せるものだろう。恨みを持つと、憎しみの部分をより強調させて見えてしまうのが人間だということも最近よくわかってきた。自分は違うと思っても、実はとても凶暴で深い怨念を持つことだってあるのだろう。それは、何か大切なものを傷つけられたとか失ったというときに現れるものだと思う。

「牡蠣鍋かぁ。一人だとなかなか鍋を作ろうって思わないんですよね。でも、牡蠣はやっぱりうまいなぁ」

 男はじっくりひとくちひとくちを味わっているようだった。それは、深い悲しみにもう一度じっくり向き合いながら仇討ちに向かうかのようだ。まるで、戦場に向かう戦士のような気迫が男の背中から感じられる。

「レモンサワーってすっぱいけれど、あと味がすっきりして好きだと彼女が言っていました。彼女の分も俺が味わっているんです」

 まるで彼女と食事をしいるかのような様子を見せる。きっと彼の中では二人で飲んでいるのだろう。

「いらっしゃい」

 エイトが現れて、客の頭から光をもらう。あれは、寿命をもらう行為で死神との契約を交わす光らしい。この人は一体何年分の寿命を死神にあげたのだろうか? それは寿命をあげた本人にもわからないし、見ている人たちにもわからない。

 ♢♢♢

「鬼山、今日は刑務所へ向かうぞ」

 エイトは銀色の姿になり、光を放ちながら闇夜に消える。これから、二人の人生を変える一大仕事にとりかかる。依頼人と仇を討つ相手の人生をかけた重要な任務だ。

「人を刺す気分は最高か?」

 半妖のエイトが突如刑務所にいる服役中の男の前に現れた。この男は、心身耗弱状態ということで、弁護側は情状酌量を求めているらしい。

「誰だ?」
 表情を変えない人殺し男は冷静だ。

「そうだな、俺は正義の味方、死神だ」

「とうとう幻覚かぁ。どんどん刑が軽くなるってか?」
 男は愉快な表情をする。

「これから、精神がおかしくならないような魔法をかけてやる。精神がおかしくなったら減刑になっちまうだろ?」

「俺が、おかしくなったふりをするかもしれないぞ」
 男がにやけながら何も恐れていないそぶりを見せる。

「めった刺しにされる夢を毎日見られるように妖術をかけておく。でも、朝になると一瞬でそのことを忘れてしまうから、精神は保たれる。そして、嘘をつけない妖術をかけていく」

「何をわけのわからないことをいっていやがる」

 少々いらっとした様子を向ける受刑者。

「制裁!!!!」
 エイトは死神の銀色の光を受刑者に当てる。少し驚いた顔をした受刑者。

「毎日めった刺しの串刺しにしてバーベキューを楽しもうかなぁ」
 裏家業の鬼山は案外鬼対応で、残酷なことを平気で有言実行する。

 大きな剣を持ち、躊躇なく受刑者の体を何か所も刺す。しかし、夢という設定なので、受刑者は本物の恐怖を味わうが、体に異常はきたさない。その後、そのことを朝には忘れてしまうので、傷みも恐怖も忘れてしまう。毎晩、制裁が続くという仕様だ。終わらない物語のようなものだ。しかし、本人は忘れてしまい、嘘をつかないという特殊な妖術によって、刑務官に本当のことを話してしまう。

 よって、嘘をつけなくなった男は、女性をめった刺しにしたという事実を自身の口から正直に話す。話したくなくても勝手に話してしまう。そして、心身耗弱になることはない。それは、夜に毎日自分が遭っている惨劇を忘れてしまうからだ。男は、結果的に死刑になる時期が予定より早まることになった。というのもめった刺しにしたという被害者は複数人おり、真実しか話すことができなくなった受刑者は無差別的で残忍極まりない犯行を認めたからだ。

 受刑者の死刑が早まった真実の理由を知るのはチーム半妖だけであり、受刑者自身も毎日めった刺しにされる痛みと恐怖を味わうのだが、翌朝には忘れる。因果な報復を受けていることすらも忘れているということで、表沙汰になることはない。どんな探偵も警察も妖術を解き明かすことなんて不可能なのだから。