夕食時にナナがいつもの一番端の指定席で親子丼を食べていると、ちらっとナナの夕食を見た女性が何か思いつめた表情で下を向いて注文していた。

「親子丼ひとつ」

 ぼそっとした声で注文した。カウンターに座り、おしぼりで手を吹く。哀愁漂う中年女性という感じでどこか寂し気で満たされない何かを背負っているようだった。

「親子丼って親子で成り立ってるのよね」
 低く暗い元気のない声で女性は話しかける。

「まぁ、たまごと鶏肉だから親子丼って言われていますよね」
 樹が応答する。

「ねぇ、ここでは仇討ちしてくれるのよね?」

「まぁ、うちは、「怨み晴らしや」でもありますからね」

「息子が殺されたの」

「おねがいしてもいい? いくらなの?」

「お代は特にいただいていません。僕らの仕事なので」

「実は、体罰で数年前に殺されたのよ。そして、それをあざ笑う人たちを呪いたいのよね。殺してくれるの?」

「ただ、半分寿命をいただき、社会的に殺すんです。生き地獄を味わってもらうんですよ」
 樹は相変わらず優しい顔で恐ろしい説明をする。

「原則一人につき一人が仇討ちできるシステムなんだ」
 エイトが仕事を終えて、こちらにやってきた。

「じゃあ複数に仇討ちするならば、夫に頼んでもいいの?」
 少し女性の表情が華やぐ。

「ああそうだな、あんたの夫が寿命半分やってもいいなら、完全なる仇討ちはできるけどな」

「寿命全部私があげたら? 完全な復讐はできるの?」
 完全なる復讐とは殺すという意味なのだろう。普通の人間がこんなにも憎悪と怨恨で心から復讐心があふれるのだ。それは、ここに来る客にはよくあることなのかもしれない。人間の裏の部分を見ることばかりだ。

「全部寿命はいただけないんだ。俺らは半妖だからさ」

「わかったわ。体罰教師の生き地獄よろしくね。これ、彼の勤務先と名前と住所も書いてきたわ」
 女性は少し嬉しそうにメモを手渡す。

「そうか、でも、俺らは依頼主からの念で、怨んでいる相手のことがわかるんだよな。だから、メモ用紙はいらねーよ。もし、嘘ついて誰か雇っても、そいつが怨んでいないなら請け負えないシステムなんだ」

 エイトはスマートに説明をする。なるほど、そういったシステムはナナも初めて知った。毎日依頼主が来るわけではないが、夕食どきに割と依頼人のお客さんが来ることが多い。何か止めることはできないのだろうか? でも、それを止めさせたら半妖がこの世界で生きられない取り決めがあるなんて、エイトの人生は呪われているようだ。でも、自らのさだめに真摯に向き合う彼は強いのかもしれない。文句ひとつ言わずに執行する。怨みがこの世の中から消えることは難しいだろう。人間が生きている限り人間関係の問題がネット上でも近所でも学校でも職場でも消えることはないのだろう。

「親子丼、私の息子が好きだったのよね、想い出のメニューなのよ」
 親子丼をみつめながら昔を思い出している様子の女性。

「誰でも我が子はかわいいけどさ、親によっては虐待したり殺人に至ることもある。死んだ子どもから依頼されることもあるんだ」

「そうなの? すごいのね。死人と連絡取れるなんて。やっぱり死神様だわ。うちの子から依頼来てない?」
 女性は前に体を乗り出して質問を始める。

「きっと仇討ちをしたいと思ってないんだろうな。そういう人間もいるってことだ」
 それを聞いて、女性は黙ってしまった。

「きっとあの子は優しいのよ。だから、私がやらないと。仕方がないの」

 ほかほかあつあつの親子丼を一気に食べる。この母親は、うまみやこくを感じることもなく、おいしいものをおいしいと感じないで食べてしまったかのようだった。
 
「よろしくね」
 そういったときに、エイトが母親から銀色の光を奪った。それは契約だ。そして、満足げに母親は帰宅した。

 ♢♢♢

 閉店後、闇夜の中に半妖は仕事をするために姿を消す。その瞬間から心を鬼にした仕事が始まる。

「本人が願っているのかわからないが、遺族が願うことっていうのは結構あるんだよな。死人に口なしだから、死者の気持ちは生きている人間にはわからないがな。鬼山、行こうか」

「はい、OKです」
 あんなにひ弱そうな鬼山ですら、半妖というだけあって、鬼の姿になると別人のような強さになる。

「鬼の鬼山だから、今日は暴れすぎるなよ」
 一見ひ弱な見た目だけでは計り知れない恐ろしさを能力を鬼山は隠し持っていた。

 夜も深まったころ、体罰教師が残業を終えて帰宅する。彼は体罰の事件は事故として片づけられ、平穏な生活を送っていた。申し訳ないとかそういった気持ちはあるようには感じられない。実際彼は、今も体罰まがいな指導をしているのだから。全く反省の色がない。

「あれが体罰教師ですかね」

 昼間とはすっかり雰囲気が違う鬼山は鬼の姿に変化していた。牙と角が恐ろしさを引き立たせる。鬼の血を引く男。だから、細いけれど怪力で、普通の人間などには簡単に勝つことができる。それは鬼の怪力を持ち合わせた男なのだ。普段と変化後では180度見た目が変わるという男、鬼山は牙をむき出しにし鉄の棒を振り回す。人間には持てないような重いものを軽々持つことができるというのが半妖鬼の特徴だ。鬼に金棒とはこのことだろう。

「あなたの寿命を半分いただきにきましたよ」
 鬼山が楽しそうにいたぶりだす。

「どうしてそんなことをする?」
 体罰教師はいぶかしげな表情で質問する。

「事故で片付いてラッキーとか思ってたりしねーよな」
 銀色に輝くエイトが死神の光を放つ。

「鬼でも体罰で殺さねーって言うのに、ずいぶんな人間だよな、あんた本当に人間か?」
 金棒を振り回して鬼となった鬼山は容赦しない。
 棒を一振りするとあっという間に体罰教師は倒れ、気を失ってしまった。

 死神であるエイトは銀色の光を放ち「制裁!!!!」と唱える。すると、魂が半分だけ男の体から出ていく。残りの寿命は何年になったのだろうか。

 倒れていた男は通りがかりの誰かに発見され救急車で運ばれた。誰かに殴られた跡があったということで通り魔の犯行かというニュースが翌日流れる。それから、体罰教師は普通に仕事をすることができなくなってしまった。一般的には精神を病んで社会復帰が難しいという状況だと思われた。実際は半妖の仕業だ。彼らが毎日死んだ生徒が見える幻覚を見せる妖術をかけている。そして、死んだはずの生徒が毎日襲って来る。実にリアルな幻覚だ。しかし、それが誰の仕業なのか解明は難しいし、表沙汰になることはない。

 その後、体罰教師は妻や子供と別居することになり、孤立を余儀なくされる。孤立させるためにチーム半妖が細工をした事実は、社会的に知られることはない。そして、その後男は退職したという噂は耳に入ったが男がどうなったのかは誰も知らないようだ。この世にいるのかいないのか、それすらもわからない。誰とも接することのない、そんな人生を送ったのだろう。

 しかし、怨みを晴らしたとしても依頼人の心が完全に晴れるというわけでもない。完全にまっさらな気持ちにはなれないというのが人間の心理だ。