今日も晩御飯は1階の定食屋だ。毎日こんなにおいしい料理を食べられるなんて夢みたいだけれど、ここは表向きは定食屋。裏では闇稼業を担っている。それは、半妖ならではの仕事であり、人間が手出しできるような稼業ではない。証拠を残さず警察に捕まることは絶対に不可能な怨み晴らしを行っているのだから。

 ナナは、実際にその様子を見たこともないし、どのようにして半殺し状態にするのかもわからないのだが、依頼があれば半分寿命を奪い、社会的に殺すような状態にするらしい。これは、仕方のないことで、その活動をしなければ、半妖は人間界で生活ができないらしい。彼ら半妖は人間でもなく妖怪でもないので、自分たちの国だとか故郷というものはないらしい。だから、人間と一緒に人間として生活しなければならない。そのためには、特殊能力は隠して生きなければいけない。

 人間と妖怪の愛の産物は悲しい現実が待ち受ける。だから、半妖が幸せなのかと言われると、普通の人間であるナナにはわからない。ただ、いつもそばにいる彼らは優しく温かく人間以上に人間らしい。だから、半妖に罪はないと思う。

 派手なトレンチコートを身にまとった若い女性のお客さんがやってきた。はじめて訪れるお客さんだ。たいてい、はじめて訪れるお客さんは、怨み屋目当てでここへやってくることが多い。どこで情報を得るのかはわからないが、怨みを晴らすためには手段を択ばないということが多いらしい。

「いらっしゃいませー」

「ねぇ、ここが噂のチーム半妖?」
 すかさずカウンターに座った若い女性が樹に小声で確認する。

「そうですよ」

「やっとみつけたわぁ、ネットで見て、どこにあるのか探したんだから。あの噂は本当よね?」
 やはり小声で確認する。

「怨みを晴らすという話ですか?」

 樹が優しく対応する。

「私、とっても愛していた男がいるの。その人をやっちゃってほしいんだ」
 にこにこしながら、女性は簡単にやっちゃうなどという言葉を使う。やるというのは、殺すとか痛めつけるとかそういった意味なのだろう。

「うちのほうでは、殺しは基本していません。寿命を半分奪い、お客様の要望次第で相手を社会的に殺すことはできますけれど」
 笑顔で説明する樹が少し怖くもある。

「注文は?」
 サイコがハスキーボイスで急かす。

「じゃあ、すきやきをごはん抜きで。私、基本炭水化物は取らない主義だから、白米はNGなのよね。あっちの注文だけど、この男を社会的に殺して」

 写真画像をスマホで見せる女。女は怖いとはこのことだろうか。

「でも、お客さんの寿命も半分になるけど、いいの?」

 サイコが確認する。自分の寿命をあげるくらいならば、怨みを晴らさなくてもいいと考える人も多いのだ。寿命を半分奪うという代償は、思いとどまるかどうかの確認分岐点となっている。

「だってさ、この男最悪なんだよ。女を同時にたくさん作ってさ浮気性もいいところ」
 サイコも依頼人も黙る。よくある男女のもつれとか捨てられたとかそういう話なのかもしれない。

「寿命なくしてまで復讐したいの?」
 少しハスキーな声でサイコがきく。

「だって、大好きだったから。今もきっと大好き。でも、大嫌い」

 大好きと大嫌いはきっと表裏一体なのだろう。女性同士ということもあり、サイコと女性客は話が合うらしい。

「人間の気持ちって複雑だよね」

「半妖だって同じじゃない?」

「まぁ、そうかもしれないね」

 会話をしているうちに、樹が、あつあつのすきやきを作り終わる。

「私、すき焼き大好きなの。肉汁ジュワッとしていて、つゆの甘さが白菜との絶妙なハーモニーとか、これだけで1つの物語になりそうでさ」

「お客さん、表現力があって、感受性が豊かなんだな」

 エイトがやってきた。仕事のときにいつも前髪が落ちてこないようにつけているらしいターバンを巻いていた。ターバンが似合う男も意外と少ないのだが、エイトはとてもよく似合っていると思う。

「あんた、金髪の髪がちょっと元カレに似ていてむかつくかも」
 唇をとんがらかせながら、客はエイトにかみつく。いらいらしているのだろう。

「似てねーよ、俺ならば、人を捨てねーし」
 たしかにエイトならば大切にするだろう。

「元カレ、女癖悪くってさ、いろんな女の子が泣かされているの。今思えば、私は彼の何が好きだったのかもわかんないんだ」

「好きっていうのは理屈じゃねーからな。その怨み晴らしてやろうか?」

「ねぇ、私にも怨みを晴らす現場、見せてよ」
 女が好奇心にそそのかされた声で囁く。

「人間は同行できないことになってるんだ」

 少しがっかりしていた女は、自己紹介をはじめた。エイトを気に入ったのだろうか?
「私、なつみ。あんたの名前は?」

「チーム半妖のボスのエイト」

「もしかして、漫画家のエイトじゃない?」

 派手なメイクを施した女は人気有名漫画家だということに気づくと、ますますエイトに親し気に話しかけた。サインはもちろん、握手や写真まで要求する。

「私、エイトの漫画大好きなんだ。失恋した時、それ読んでさ、元気づけられた。マジで感謝してるよ」

「そうか、それはよかった。そのために描いてるようなもんだからな。漫画家冥利につきるな」

 少し鼻の下を延ばすエイトは、若い女性にファンなんですと言われると得意げになる傾向があるようだ。

「エイトに運命感じたから、また来るね。元カレのことよろしくね」

 女は親指と人差し指で拳銃の形を作り、エイトの胸にめがけて撃つふりをする。それは、女の愛情表現みたいなものなのかもしれない。少し笑いながら、お冷を飲み干す。

「元カレがどうなったかっていう報告はないの?」

「基本、俺らからは連絡はしないけれど、知り合いづてに聞くとかニュースになったりすればわかるっていうことが多いかな」

「半妖ってかっこいいね」

「そうか?」

「だって、人間でも妖怪でもなくいいとこどりだと思うし、妖力もあるし」

「色々大変なんだぞ。こんな仕事をやっているのも半妖のさだめなんだ」

「私、昔からそういう影がある人好きなんだよね」

「あんた、影に惹かれるタイプならやっぱり男運悪そうだね」
 サイコが見透かしたようにため息をつきながら、見下ろす。

「だって、好きになっちゃうんだから仕方ないでしょ。でも、エイトは良い人っぽいよね」

「先生は、良い人かもしれないけれど、あんたにはもったいない男だよ。恐れ多くてウチだって手を出せないんだから」
 あれ、サイコさんってやっぱりエイトのこと好きだったりするのだろうか。

「冗談はそのくらいにしておけ。そいつには一生女性の声が聞こえるようにしてやるか。愛の重さを感じてもらわねーとな」

 今からケンカをするかのように両腕の拳と手のひらを合わせ、エイトは意気込む。因果な商売だが、半妖として生まれたからには宿命だということらしい。宿命は選べない。

「俺は、妖怪としては半人前だが、人間の血も通っていることによって両者の気持ちがわかるから、人間の弱さも理解できる。でも、人としてやっちゃいけないことがある。そういった奴に制裁を加えることには躊躇しない」
 そう言うと、女性から銀色の光を奪う。それは契約であり寿命の半分なのだろう。

「今夜はウチが行ってもいいかい? そういった野郎を野放しにしたくないんだよ」
 サイコが名乗り出る。

「個人的にそういった野郎の被害にあったみたいなセリフだな」

「ウチも昔は色々あったけどね。ボスと出会って、ちゃんと半妖として役割を果たそうと思ったんだよ」

「愛沢も来てくれ。今日は女手が必要なんだ」

「了解しました」

 愛沢さんってどんな変化をするのだろう? あんな静かそうな女性が仇討ちをするのだろうか? ナナは変化の姿を知らない。きっとずっと知る機会はないのかもしれない。

 ♢♢♢

 「さぁ、俺らの本領を発揮するぞ」
 閉店後の深夜、エイトの姿は銀色に光り、長く伸びた髪がなびく。その夜、月夜の暗闇の中にエイトと愛沢とサイコは消えた。

 愛沢は、少し短いスカートと胸元のあいたワンピースを着た。かわいらしい格好で、依頼された男にわざとぶつかる。
 元々きれいな顔をしているので、男はその顔を見ると少し見とれているようだった。

「あの、私と付き合ってもらえますか?」

「何だ? 逆ナンか? おとなしそうな顔してるけど、積極的なんだな、飲みに行こうか」

 男がにやけ顔で愛沢に手を差し伸べる。すると、愛沢の耳がきつねの形に変化する。そして、本来の力を発揮できる正装である着物姿に変化する。

 すると、男のまわりには巨大化した女性が多数やってくる。男は驚く。自分よりもずっと大きい恐竜のような女性たちがたくさん踏みつけようとしてくるのだから。それは、男の記憶の中の女性たちの姿を投影させたものだった。だから、全員知っているし、怨まれているであろう相手だった。

「ちょっと、助けてくれ!!!」
 通りすがりのサイコを見つけた男はすがるように叫ぶ。

「助けてほしいのは女性のほうじゃないのかい?」

 振り返ったサイコは、恐ろしい鬼のような顔に変化しており、怨みを買った男のみがこの世界で小人になっていたのだ。実際には半妖が人間の大きさよりもずっと大きくなっていたのかもしれない。その判断もできないくらい男は恐れ慌てていた。

「すてないでよ」「人を何だと思っているの?」

 叫ぶ女性たちが男を囲み、海の中に呼び寄せる。男は恐怖と痛みで気を失ってしまったようだ。

「制裁!!!!」

 エイトが叫ぶと、男の魂の半分がエイトの元にやってくる。男は海沿いで倒れていた。溺死自殺を図ったのではないかとニュースでは言われていたが、未遂に終わったという報道だった。そのニュースを依頼人のなつみは見逃さなかった。男の名前はかつて愛した忘れもしない名前だったのだから。

 その後何者かによって、男の職場や近所などに自殺未遂の悪い印象がつきまとい、人々は軽蔑の目で男を見る。

 そして、それ以上に苦痛な毎日が待っていた。意識が戻った男の耳には幽霊のような女性たちの声が耳に残り、離れることは一時もなかったのだ。生き地獄とは本家の地獄よりももっと生きるには大変な状況なのだ。生きなければいけないのだから、どんなに大変で辛くても明日が来る、これは生き地獄特有の恐ろしさなのだ。