セシルに戯れをしかける夜は、セルヴィウスが怒っているときだと知っていた。
「私は陛下で、あれは義姉上と呼ぶのか」
くっくと笑いながら、セシルの口に指で蜜酒を含ませる。
「そうであろうな。義姉上はまさか、そなたのここの味は知るまい」
セシルの唇を自らの唇でたどって、セルヴィウスは愉快そうに問う。
「それとも知っているのか、セシル?」
ほほえみながら目は笑っていない。そういうときのセルヴィウスはたまらなく意地が悪い。
「嫌……」
「聞こえぬ」
セシルはうわごとのように何度も繰り返す。
「私は兄上の妹でしょう……?」
唇を合わせるのも、寝台の中で戯れるのも、一体何度目になっただろう。
セルヴィウスは今や二十五歳の若く艶やかな皇帝で、求めなくとも娘たちが身を差し出す。
「……私でなくても」
セシルにはセルヴィウスの何もかもが、わからなかった。
「そなたはわかっていない」
セルヴィウスはふいに笑みを収めて、セシルを強く引き寄せた。
「そなたが私の何であるかを」
息がつまるくらいに抱きしめられて、セシルはふっと意識が濁っていた。
夢を見ていた。十年前、セルヴィウスが即位し、正妃メティスをめとったときのことだ。
夜、セシルは部屋を抜け出して、庭の泉をのぞき込んでいた。
女官たちは即位と結婚の儀が盛大に行われたと言っていたが、後宮の最奥は静けさで満ちていて、まるでそんな気配はなかった。
この頃確かに、セシルはセルヴィウスが好きだった。
自慢の兄上だった。強くて賢くて、病弱な自分をいつも守ってくれた。
でもまもなく離れ離れになると思っていた。そろそろ嫁ぐ年齢で、皇家の血をひく子どもを産むのを求められる。
自分の体はそれに耐えられない。じきに命を失うだろう。そういう確信があった。
ゆらゆら揺れる水面の下に、なじみ深い世界が見えていた。
踊る人々、陽気な音楽。中心に、セルヴィウスそっくりの黒髪の青年がいた。
……兄上がそちらにいるなら、もう、こちらにいなくてもいいかしら。
セシルが水面に手を差し伸べて、青年の姿を抱きしめようとしたとき、後ろから目が覆われた。
宵闇から伸びた手が、セシルの世界を暗転させた。
婚儀の夜。セルヴィウスが閨にひきずりこんだのは、まだ十三歳のセシルだった。
かすめとるようなキスが、むさぼるようなキスに。いつも温かくセシルの頬を包んでくれた手が、セシルを生まれたままの姿にしていくのが、セシルは信じられなかった。
どうしてと、セシルは何度も問いかけた。
兄上、怒っているの? 私は悪い子なの? ごめんなさい、もう許して。
訳も分からず謝るセシルに、セルヴィウスは少しも笑っていない声で言った。
――ああ、怒っている。悪い子だ。私から離れようとしただろう?
いっそセシルを暴力で踏みにじって、終わりにしてくれればよかったのかもしれない。
――かわいい妹。まだ遊びだと思っているのだな。
セシルの純潔を奪う代わりに、何度意識を失っても揺り起こされて暗い遊びを教えられた夜は、セシルにとって悪夢のようだった。
「……セシル」
揺り起こされて、セシルはまだ現実と夢の区別がつかなかった。
「嫌ぁ!」
普段のセシルなら考えられないほどの激しさで、セシルは悲鳴を上げる。
「セシル?」
「もう嫌ぁ……!」
いい、もういい。幼いときから、明日もわからない命だった。死が、頬をかすめて飛んでいた。
「離して! あなたなんか私の兄上じゃない! 兄上のところに行かせて!」
「セシル!」
半狂乱になって暴れるセシルを、セルヴィウスが顔色を変えて押さえつける。
「落ち着け! セシル、私を見よ」
「違う! 兄上は死んだの! もういないの!」
遠い昔、あの世界をのぞきこんだとき、兄上はあちらにいると思ったのだ。
ああ、そうだったのと、セシルは戦慄する。
ずっと違和感があった。この人は、私に触れる人は、兄上じゃなかった。
「すまなかった。酒に弱いのは承知していたのに」
急に静かになったセシルを、悪夢から覚めたと思ったのだろう。セルヴィウスは優しくセシルの頬をなでて言う。
「そなたの体を玩具にするようなことをした。許してくれ」
まぶたに触れるだけのキスをして、セルヴィウスは自分の体を下にする。
「お休み。次は良い夢が見られるだろう。目覚めるときにはそなたが喜ぶものを、用意しておこう」
セシルの頭を胸に抱いて、ゆっくりと髪を梳く。
「セシル、愛している。何と言えば伝わるのだろう。愛しているとしか、私には思いつかぬのだ……」
虚ろな目で脱力したセシルを抱きしめて、セルヴィウスは途方に暮れたようにつぶやいた。
「私は陛下で、あれは義姉上と呼ぶのか」
くっくと笑いながら、セシルの口に指で蜜酒を含ませる。
「そうであろうな。義姉上はまさか、そなたのここの味は知るまい」
セシルの唇を自らの唇でたどって、セルヴィウスは愉快そうに問う。
「それとも知っているのか、セシル?」
ほほえみながら目は笑っていない。そういうときのセルヴィウスはたまらなく意地が悪い。
「嫌……」
「聞こえぬ」
セシルはうわごとのように何度も繰り返す。
「私は兄上の妹でしょう……?」
唇を合わせるのも、寝台の中で戯れるのも、一体何度目になっただろう。
セルヴィウスは今や二十五歳の若く艶やかな皇帝で、求めなくとも娘たちが身を差し出す。
「……私でなくても」
セシルにはセルヴィウスの何もかもが、わからなかった。
「そなたはわかっていない」
セルヴィウスはふいに笑みを収めて、セシルを強く引き寄せた。
「そなたが私の何であるかを」
息がつまるくらいに抱きしめられて、セシルはふっと意識が濁っていた。
夢を見ていた。十年前、セルヴィウスが即位し、正妃メティスをめとったときのことだ。
夜、セシルは部屋を抜け出して、庭の泉をのぞき込んでいた。
女官たちは即位と結婚の儀が盛大に行われたと言っていたが、後宮の最奥は静けさで満ちていて、まるでそんな気配はなかった。
この頃確かに、セシルはセルヴィウスが好きだった。
自慢の兄上だった。強くて賢くて、病弱な自分をいつも守ってくれた。
でもまもなく離れ離れになると思っていた。そろそろ嫁ぐ年齢で、皇家の血をひく子どもを産むのを求められる。
自分の体はそれに耐えられない。じきに命を失うだろう。そういう確信があった。
ゆらゆら揺れる水面の下に、なじみ深い世界が見えていた。
踊る人々、陽気な音楽。中心に、セルヴィウスそっくりの黒髪の青年がいた。
……兄上がそちらにいるなら、もう、こちらにいなくてもいいかしら。
セシルが水面に手を差し伸べて、青年の姿を抱きしめようとしたとき、後ろから目が覆われた。
宵闇から伸びた手が、セシルの世界を暗転させた。
婚儀の夜。セルヴィウスが閨にひきずりこんだのは、まだ十三歳のセシルだった。
かすめとるようなキスが、むさぼるようなキスに。いつも温かくセシルの頬を包んでくれた手が、セシルを生まれたままの姿にしていくのが、セシルは信じられなかった。
どうしてと、セシルは何度も問いかけた。
兄上、怒っているの? 私は悪い子なの? ごめんなさい、もう許して。
訳も分からず謝るセシルに、セルヴィウスは少しも笑っていない声で言った。
――ああ、怒っている。悪い子だ。私から離れようとしただろう?
いっそセシルを暴力で踏みにじって、終わりにしてくれればよかったのかもしれない。
――かわいい妹。まだ遊びだと思っているのだな。
セシルの純潔を奪う代わりに、何度意識を失っても揺り起こされて暗い遊びを教えられた夜は、セシルにとって悪夢のようだった。
「……セシル」
揺り起こされて、セシルはまだ現実と夢の区別がつかなかった。
「嫌ぁ!」
普段のセシルなら考えられないほどの激しさで、セシルは悲鳴を上げる。
「セシル?」
「もう嫌ぁ……!」
いい、もういい。幼いときから、明日もわからない命だった。死が、頬をかすめて飛んでいた。
「離して! あなたなんか私の兄上じゃない! 兄上のところに行かせて!」
「セシル!」
半狂乱になって暴れるセシルを、セルヴィウスが顔色を変えて押さえつける。
「落ち着け! セシル、私を見よ」
「違う! 兄上は死んだの! もういないの!」
遠い昔、あの世界をのぞきこんだとき、兄上はあちらにいると思ったのだ。
ああ、そうだったのと、セシルは戦慄する。
ずっと違和感があった。この人は、私に触れる人は、兄上じゃなかった。
「すまなかった。酒に弱いのは承知していたのに」
急に静かになったセシルを、悪夢から覚めたと思ったのだろう。セルヴィウスは優しくセシルの頬をなでて言う。
「そなたの体を玩具にするようなことをした。許してくれ」
まぶたに触れるだけのキスをして、セルヴィウスは自分の体を下にする。
「お休み。次は良い夢が見られるだろう。目覚めるときにはそなたが喜ぶものを、用意しておこう」
セシルの頭を胸に抱いて、ゆっくりと髪を梳く。
「セシル、愛している。何と言えば伝わるのだろう。愛しているとしか、私には思いつかぬのだ……」
虚ろな目で脱力したセシルを抱きしめて、セルヴィウスは途方に暮れたようにつぶやいた。