本来は中規模程度の町村に教会が建てられることはなく、町の集会所の一角に簡素な祭壇が設置されているくらいだ。だが、ここルシーダは大陸のもっとも東の辺境領、シード領の中でも最東の町であり、領内に五ヵ所ある結界拠点の一つが存在する関係で、小さいながらも教会が建ち、専任の神父が在住している。

 教会の重い扉を開くと、祭壇の前では細身で白髪の神父が跪いて祈りを捧げていた。近付いてくる足音に振り返り、穏やかに微笑んで迎えたのは神父であるアレックスだ。

「マリス様、よくお越し下さいました」
「こんにちは、神父様。子供達の様子はどうですか?」

 週に何度か時間を見つけては、マリスは教会に顔を出すようにしていた。決して信仰心からではなく、教会が管理する孤児院の子供達への支援の為に。
 ここにはマローネと同じように魔力持ちを理由に捨てられた子が何人もいた。神父自身が魔力持ちなので、他所の孤児院では扱い切れなくてここに移されて来た子も多い。領内で親から見捨てられ、養子先も見つからない魔力持ちの子のほとんどが、ここルシーダの院に預けられている状態だった。

「それが……また、一人増えましてね」
「先月の鉱山事故が原因かしら?」
「ええ、父親が山に入っていたらしく、母親も産後間もなく亡くなったそうです」

 悲しみに溢れた嘆きを漏らしながら、神父のアレックスは辺境の魔女を隣の建物へと案内する。一度に両親を亡くしたという幼子は、しばらくは村で交互に面倒をみていたらしいのだが、結局はここへ連れて来られた。
 王都から離れた辺境の地では領民が就ける職も限られ、貧しい家が多い。他所の子まで育てられる余裕のある家庭などない。近隣の町村の大半は魔石の掘削と農業が主な収入源となっていて、生活が安定しているとは言えないからだ。

「そうですか。実はうちでも一人、預かっている子がいるんです」
「おや、その子はこちらには?」

 これまで屋敷に置き去りにされていった子供達のケースでは、マリスはアレックス神父に託して孤児院での養育を願った。屋敷でそのまま保護し続けていることはなく、神父は不思議そうにマリスの顔を伺う。

「守護獣付きだったので、父と相談して私の元に置いておくことにしました」
「何と、それは――」

 教会を抜け、敷地内に建つ平屋の木造の建物の中を覗くと、子供達がテーブルを挟んで賑やかにおやつの焼き菓子を食べていた。職員の腕に抱かれた赤子から、もうすぐ巣立つ10を過ぎた子まで、三十数名の子供達は思い思いに談笑しながら甘味を楽しんでいるようだった。

「守護獣付きとなると、確かに私では手に負えませんね」
「付いていたのが猫だったので、エッタも張り切って世話してくれてますわ」
「何と、猫付きでしたか。それはそれは……」

 自分には絶対に無理だと、神父は驚きの表情のまま首を横に振った。
 辺境伯の家に猫付きの子が誕生したと聞いた時の衝撃が不意に蘇る。祝福を祈りに領内の教会関係者が中央街の教会に集められた際、例に漏れずアレックスもこのルシーダから駆け付けていた。そして、黒髪の赤子と一緒に抱き抱えられた、小さな黒い獣――黒猫を初めて目にした。

 小さいながらも赤子と獣から強い力を感じ、背筋がぞくりと冷え上がった。周囲を見回せば、彼と同様に少なからず魔力を持つ者達は一同に顔を強張らせていた。

 守護獣を生み出すほどの余剰魔力を携える赤子の、制御しきれない魔力を受け止めれる力は自分には無い。教会で預かっている他の魔力持ちの子達くらいなら、老いた身でもまだ何とかできるだろうが、猫付きとなると全く太刀打ちできないだろう。

「マリス様の元でしたら、問題なさそうですね」
「乳母もいるので、特に何もしていないんですけどね」

 マローネの魔力暴走はまだ一度きり。成長して行動範囲が広がり、感情も豊かになれば、さらに何度も起こるかもしれない。けれど、それは彼女が正しく魔力制御が出来るようになる為には必要なことだ。

「あ、マリス様、こんにちはー」

 菓子を食べ終えた子供達が各々の食器を片付けると、勢いよく食堂から掛け出てくる。マリスに気付くと、嬉しそうに顔を綻ばせて挨拶をしてくれる子がほとんどだ。

「薬作りの調子はどう?」
「今週は雨が多かったから、乾燥に時間がかかっちゃうの」
「んー、それはどうしようもないわね、頑張るしか」

 「はーい」と元気よく返事して、子供の数人は奥の部屋へと走り去った。残りの子達は建物をぐるりと回り、教会の裏手にある薬草畑へと駆けて行く。
 教会の運営費の大半は寄付で賄われてはいるが、子供達の就業訓練も兼ねてここでは数種の薬草の栽培をしている。畑の世話は主に魔力を持たない子が中心となり、一部の魔力持ちは奥にある調薬部屋でその薬草を用いた薬作りを学んでいた。

 マリスがこの町に来てから、アレックス神父と相談しながら始めたことなのだが、肥沃なルシーダの土壌は薬草栽培に適していたらしく、年を追うごとに教会の薬草畑は広がっていき、今では近隣の農家までも穀物から薬草へとシフトし始めているくらいだった。

「子供達の作る薬も、とても好評をいただいているんですよ」

 魔力を持つ子、持たない子もそれぞれが与えられた仕事を楽しんで行っている。走り去って行った子供達の背中を見守りながら、神父は誇らしげに微笑む。

「みんな、作業が丁寧だから、良い薬が出来るのは当然ですね」