初日と比べれば随分と余裕のある表情で登校して来た子供達を、マリスは教会の門の横に立って出迎える。門前まで親に付き添われた子もいれば、友達同士で誘い合って来る子など、それぞれが期待に満ちた顔で集まってくる。

「おはよう。教室は、入って左の扉だから。前の席から順に詰めて座っていってね」

 その一人一人に声を掛け、迷わないように誘導する。教室の方ではヨハンとエバが待機していて、子供達には少しの不安も抱かせないよう気を配っているはずだ。
 先に入室した子達だろう、わっという歓声がマリスのいる場所にも届いてきた。その声にマリスはふふふと満足気に微笑む。

 授業開始日となる今朝は、それぞれの机の上に必要な物が積み上げられているのだ。真新しい教材や筆記具を見つけた子供達の喜ぶ声が、教会内に響き渡った。
 新しく学舎を作ることになった時、各家庭への負担が出ないよう、ここで使う物は全て用意すると決めていた。

「少し大きめの鞄を持たせて下さい」

 初日に学舎側から保護者へと願ったのは、たったそれだけ。中に入れる物はこちらで用意するから、それらを持ち帰れる鞄一つで登校するだけでいい。
 別に立派な通学鞄じゃなくていい。余り布で繕った袋で十分だ。そう伝えると、ホッとした表情へ変わった保護者は少なくは無かった。――それが、何の特産も無いルシーダの現状だった。

 通常の読み書きを学ぶ年齢の子供達が一通り門をくぐり抜けた後、赤毛を一つにまとめた女が女児を抱えてやってきた。母親は門の前にマリスの姿を見つけ、慌てて頭を下げる。腕の中の子は母の衣服をぎゅっと握りしめ、しがみ付いているようだった。

「おはよう、あなたがメアリね。ようやく顔が見れて嬉しいわ」
「おはようございます。どうぞよろしくお願い致します」

 人見知りだろうか、メアリは母の胸に顔を完全に隠してしまう。引っ越しの都合がつかず昨日の開校日には来ることができなかった、魔法クラスに通う女児。通常授業にはまだ早いので、当面はエバから魔力制御の指導だけを個別に受けることになっている。

「大きい子達はもう教室に入ってるから、空いている席に掛けて教師の指示を待ってくださる?」
「はい。ありがとうございます」

 娘を抱いたまま深く頭を下げると、メアリの母は足早に教会の中へと向かう。おそらくはこれから別室にて、女児への詳しい魔術計画についての説明をエバから受けることになるのだろう。

 周辺を見渡し、もう他に登校してくる気配が無いことを確認すると、マリスは中庭をぐるりと回って裏の建物の中へと入る。今日は比較的大きい子の授業日だったので、普段は院で小さな子の面倒を見てくれている子達は揃って学舎にいる。そのせいで子守りの手が足りなくなるのではと、アレックス神父は子供達の登校に合わせて孤児院へと顔を出していた。

「ほとんどの子達が来たようですわ。でも、やっぱり何人かは……」
「焦る必要はないですよ」
「……そうですね」

 通学は決して義務ではない。たとえ無償であったとしても、子供を学舎へ送り出せる家庭には限りがある。学びたい子、通える子が集まってくれるだけで十分だ。入学手続きには来たということは、少なからず今後の可能性はあるということ。

「では、私はこの後の予定がありますので――」
「ああ、確かコーネリア様のご婚約のお祝いでしたか。おめでたいことです、神からの祝福を」
「ありがとうございます。姉に伝えます」

 スカートの裾を摘まみ上げ、畏まって頭を下げて礼を言うとマリスは院を出て、教会の前に停めた馬車へと乗り込んだ。一旦は屋敷に戻って身支度し直すと、本邸のある中心街へと向かう。普段はあまり使うことのない仰々しい大型の馬車に、護衛騎士以外にも侍女長であるリンダも従え、守護獣のエッタまで一緒だ。
 お祝いの贈り物は先に到着しているはずなので、別にこの大きな馬車である必要性が感じられないが、姉の顔を立てるべく大袈裟に振舞えということなのか。

「堅苦しいわね……」
「我慢なさって下さい。コーネリア様のお祝いの席なんですから」
「乗り心地は良いけど、大きいから小回りも効かないのよね」

 ブツブツと文句を漏らすマリスへ、リンダは呆れ顔を向ける。本来なら普段から大きな物に乗っていても良いのに、頑なに小型の馬車ばかり使う主は自分の立場を理解しているかと問い正したくなる時がある。天気が良ければ教会へも歩いて行こうとすることもあり、本当に油断ならない。

「しかも、必要以上に目立つのよね、これ」

 ほら、と窓の外へマリスが視線を送ると、馬車の後ろで何かが大きくぶつかる音が響いた。次いで同じ音が馬車の外で連続して聞こえてくると、マリスの向かいに座っていた護衛騎士が腰の剣に手を掛ける。

「結界を張ってるから平気よ。そのまま本邸へ向かって」
「でも、お嬢様……」
「弓矢だったから、森の集落の関係者の線が強そうね、逆恨みかしら?」

 青褪めた顔で外の様子を覗き見るリンダに、マリスは平然と言ってのける。折れた残り矢である程度の犯人の目星は付くだろうが、しばらくはこういうことも覚悟しないといけない。
 マリスの膝の上で丸まって眠り続けている黒猫は、ピクピクと耳を動かしながらも素知らぬ顔を貫いていた。