屋敷の二階にある自室の窓を開け放ち、夜風に黒髪をなびかせながら、辺境の魔女は空で瞬く星々を見上げていた。肌に触れていく穏やかな風がとても心地よい季節だ。

「ご苦労さま」

 暗い夜空に真っ白の魔鳥が飛ぶ光景は何て幻想的なんだろうと見上げながら、スノウが近付いて来るのを窓辺で待ち構える。長距離移動も可能な魔鳥キュイールは夜目も効くらしく、伝書としてはとても有能だ。

 勢いよく窓から飛び込んできたスノウは部屋の中をしばらく旋回していた。そして、マリスの執務椅子の背凭れの上に灰色の二本脚をしがみ付かせて落ちつく。どうやら止まり木としては丁度良いようで、部屋に居る時はいつも椅子を陣取るようになっていた。

「きゅい」

 人差し指でスノウの頭を撫でてから、マリスは伝書の入った筒をその脚から外した。中を確認して小さく丸められた文書を取り出すと、ソファーへ移動してからそれを広げる。今日のところは執務机での作業は諦めて、席は魔鳥に譲ることにした。

 スノウが持ち帰って来たのは、シード領主である父からの伝文。『明朝、人を送る』とだけ書かれた素っ気ない文面なのは万が一を想定してのこと。魔鳥を使ったやり取りは今回が初めてなので、もし途中でスノウが迷子になったり狩りにあった場合を考え、漏れても問題ない内容のつもりなのだろう。

「あら、あまり信用されてないみたいね」

 スノウを使役した際、真っ先に父へは報告を入れていた。だが、いきなり飛んで来た魔鳥に本邸内が慌てている様子は目に浮かぶ。パニックのあまりに魔鳥へ向けて攻撃されることはあるかもと、念の為に防御の魔法はいくつか仕込んでおいたが特に発動された痕跡はない。向こうでどう対処されたのかは不明だが、とりあえず無事にマリスの手紙は届いたようで何よりだ。

 ウーノの石壁の強化については担当役人からの報告を受けているはずだが、そこで森の集落から逃げ延びて来た母子を保護したことを、マリスはスノウを使って連絡していた。検問所に入っていた役人は一連の顛末を見てはいなかったから。

 森からやってきたエバは、謎の多い隠れ集落についてを知る人物であり、サズドールで起きている怪しい儀式の生き証人でもある。彼女の夫自身がその儀式に加担している可能性はあるが、子を守る為ならば話してくれるだろう。

 翌朝、朝食後にホールのソファーでエッタの毛にブラシをかけていると、屋敷の門を馬車がくぐり抜ける音が聞こえてきた。すると、来客から逃げるようにエッタがソファーから飛び下りて、二階へと続く階段を駆け上がっていってしまう。基本的に、エッタは人前に顔を出すことを嫌がる。

「朝早い時間に申し訳ございません」

 リンダに出迎えられ、マリスへと深く頭を下げて挨拶を述べたのは、白髪をきっちり撫でつけた初老の紳士。本邸の事務長であり、父であるシード領主にとって一番の側近だ。

「わざわざ事務長が来てくださったの?」
「久しぶりにマリスお嬢様のご機嫌を伺いに参らせていただきました」

 落ち着いた物腰でマリスの向かいのソファーへ腰掛けると、事務長リーディスは穏やかに笑んでみせた。口ではそう言っているが、大広げに動き回れない、つまり末端の役人には任せられない事態だと判断されたのだろう。
 二人の前に、侍女長が淹れたてのお茶の入ったカップを並べていく。見た目に似合わず甘い物好きなリーディスの為に、フルーツティを選んで出すところはさすがに本邸勤めも長かったリンダだ。

「せっかく来ていただいたのだけれど、エバの体調がまだ優れないのよ」
「ええ、それは心得ております。産後の女性への面会は時期を改めるのがマナーですから。なので、本日は領主様からお預かりした手紙と、新設する学舎に関する書類をいくつかお持ちいたしました」

 手渡された封書を開くと、見慣れた父の字で今後どう動くべきかの指南がなされていた。エバ達の処遇を本邸預かりとする案も提案されてはいたが、それは追々で本人に確認した方が良いだろう。一先ずは産後の身体が癒えてからのこと。

「そう言えば、昨夜のキュイールの訪問には驚きました。話には聞いていましたが、あれほど白い鳥だとは思わず――」
「特に夜は目立つわよね、スノウは真っ白だから」
「ええ、弓を構え始める者を制するのが大変で……」

 思った通り、ちょっとした混乱を招いてしまったようだ。寸でのところで気付いて貰えたようで良かったと、マリスは胸を撫で下ろした。スノウへの防御魔法は施しておいたが、反動で誰かを傷付けていたら大変だ。

「次からは、昼間に飛ばすようにするわね」

 そういう問題ではないのでは、と横で聞いていたリンダがコホンと軽く咳払いする。言われた事務長も薄く苦笑いを浮かべていた。
 二人の反応には気付かないフリしながら、マリスは手元の書類にも目を通していく。教会内で始める学舎の設立に関わる書類は、後は魔法クラスに関する項目を埋めるだけで申請できそうだ。

「開設準備は出来るだけルシーダ内の業者を使って、街の人々への周知を狙っていきたいわ」
「かしこまりました。出来る限り、そのように」

 識字率のあまり高くないルシーダでは、口コミこそが一番の伝達手段だ。準備に関わった者は必ず誰かに新しい学舎のことを話してくれるだろう。そこに魔力制御を教えてくれる特別クラスがあることが広まれば、辛い選択をしないで済む家庭が現れるかもしれない。