「あ、ごめんなさい。私の事ばかりに力を使わせていたわ。今日はどうして?」

 向こうからの通信だったことを忘れて、一方的に話していたことに気付き、マリスは慌ててケインに謝罪する。この魔力を膨大に消費する魔法はお互いに力を使い合うことになる為、どちらかの用事だけに使うのは相手への分が悪い。

「いや、大した用事じゃないんだ。遠く離れた同僚が母親になったらしいから、ちょっとしたお祝いを送らせて貰ったよ、と伝えたかっただけさ」
「母親……? え、違うわ。マローネを養子にするかはまだ分からないわ」

 ケインの言葉に、マリスは慌てて否定する。いつか養子にして後見人となる可能性が無いことはないが、母親になる覚悟なんて全くない。そもそも現状は乳母に丸投げしているのだから、親の代わりにすらなっていない。
 声だけでも魔女の慌てっぷりが分かったらしく、ケインは声を出して笑っていた。どうやら軽い冗談のつもりだったらしい。

「ここの書庫で面白い魔術書を見つけてね。ちょっと試してみたんだけど、君の黒猫なら気に入ってくれそうだったからね」
「?」
「ああ、そろそろ魔力の限界かも……。明日の昼過ぎくらいには着くと思うから、もし気に入らなければ野に返してやってくれ」

 エッタの話題がちらりと出て来たので、マリスはベッドで丸くなって眠っている守護獣の方に視線を送ってから首を傾げる。
 ――気に入らなければ野に返す? 一体何のことを言っているのやら、さっぱり分からない。

「え? それって何――」
「ああ、すまない。完全に魔力が切れそうだ、じゃあまた」

 わざとはぐらかすように一方的に通信を切られてしまい、マリスは茫然と天井を見上げた。面白い魔術書を見つけたとは聞こえたが、それとエッタの気に入る気に入らないの関係性はさっぱりだ。

 その魔術師仲間からの贈り物は、予告通りに翌日の昼を少し回ったところでマリスの住む屋敷に届いた。否、自力で飛んでやって来た。

 バサバサと羽ばたき音を立てて屋敷の上をぐるりと二度旋回した後、静かに庭の芝生の上に着地したのは、真っ白な一羽の鳥。大陸の北で多く見ることができる魔鳥の一種で、体長三十センチほど、攻撃性は低く、普段は数十羽の小規模な群れで行動している。
 それが単独で、しかもこの大陸の東に位置するシード領内で目撃されたのなど、かつて無い。最初に気付いた老齢の庭師が、日の光を眩しそうに手で遮断しながら、白い鳥が青い空から庭園へと降りてくるのを見ていた。

 広げていた白い翼を折り畳むと、魔鳥はちらりと老人の方を一瞥するが、逃げ飛ぶ気配もなく、芝生の上をついばみながら気ままに歩いていた。

「親方。マリス様にお伝えした方がいいですかね、アレ?」
「ああ、こういうのは必ずお嬢様絡みだ、違いない」

 親方と呼ばれた老人は、弟子である若い庭師に向かって顎を動かし、屋敷にいるマリスへ報告するよう指示する。白い鳥の動きを遠巻きに見守りながらも、庭師は植木の手入れ作業へと戻っていく。

「あなたが、贈り物を運んで来てくれたのかしら?」

 外に出て来たマリスは、魔物図鑑でしか見たことがなかった魔鳥が悠々と屋敷の庭を歩き回っている姿に、思わず苦笑を漏らした。生息地が北部に限られる鳥だから、ケインが送ったというのはこの白い鳥のことで間違いないだろう。
 魔鳥は初対面の魔女が近付いても一切逃げようともしない。鳥の前でしゃがみ込み、その脚に括り付けられた伝書用の筒を外すと、マリスは中に入っていた手紙を取り出してから広げてみた。

「え、あなた自身が贈り物なの?」
「きゅい」

 驚き顔のマリスからの問いかけに、白い魔鳥が返事するように鳴いてみせる。鳥が運んで来た手紙には、シードでは珍しい種のようだから、気に入ったら可愛がってやってくれ、と書かれたケインの文字。同封されていた魔法紙にはマリスが鳥と契約儀式を行う為の魔法陣が描かれている。

 彼が婿入り先の書庫で見つけたという魔導書は、今は使われることがほとんどない契約魔法に関する物だったようだ。すでにこの鳥はケインから使役の魔法を施されているようだが、それをマリスが上書きして新たな使役者となる為の魔法陣まで用意してくれていた。おそらく、もし彼女が要らないと言えば、魔鳥は再びケインのところへ戻るよう指示されているのだろうが。

「気に入らない訳ないわ。真っ白で雪のように綺麗な子だもの」

 ただ、問題は少し気難しい性格の守護獣だ。黒い猫と、白い鳥。これ以上なく対照的な色と種族だから、並べばとても絵になるとは思うのだが……。

「契約するかどうかは、エッタの許可が下りてからね」
「きゅい」

 マリスが魔鳥を両手で抱き上げて屋敷の中へ入っていくのを、庭師の老人は植木の剪定をしながら呆れ顔で眺めていた。そして、ぽつりと呟く。

「また何か、増えたみたいだなぁ」

 ここ最近、屋敷の中が日増しに賑やかになっていってる気がしないでもない。