魔石の魔力補充をする見返りに、マリスが好きそうな変わった魔法を教えてくれる。異性の友人であるルシファー・グレードとはそんな奇妙な関係だったが、二人の間にこれまで縁談らしき話が持ち上がったことがない訳ではない。領主の娘と大商家の息子、双方の家柄としては申し分ない。勿論、当人達にはそんな気は全く無く、子供にいつまでも浮いた話が出てこないことを憂いた親同士の間でだったが。

 だからだろうか、マリスがグレードの屋敷を訪れると、使用人達の目がやたらと暖かいように感じていた。「坊ちゃまをまともに相手できるのは、マリス様くらいです」と、マリスが訪れる時にはルシファー自身も、古参の使用人達から露骨に彼女との関係の進展を促され、正直言って「それでもいいか」と最近になって思い始めている節はあった。

 ――確かに、一緒に居ても気を負うこともないし、理想的ではある。

 お淑やかな令嬢の相手は疲れるだけだし、会話が弾むとも思えない。彼の頭の中は魔法構造のことで埋め尽くされていて、気の利いた流行りの話題が入る隙なんてこれっぽっちもありはしなかった。彼の話すことを面白がって聞いてくれる異性は、魔法馬鹿である辺境の魔女くらいだ。

 何より、マリスが居れば思いついた魔法を試し放題だ。尽きることがない魔力は魅力的だったし、彼女は自分が構築した魔法陣に興味を示し意見してくれる貴重な存在でもある。

「私のこと、魔力の貯蔵庫か何かだと思ってるでしょう」
「違う、とも言い切れないな。君以上の魔力持ちには会ったことがないから」
「あら、最近うちに猫付きの赤子がいるのは聞いていない? 三毛の猫付きよ」

 マローネの存在は世間には隠してはいない。むしろ、公にして赤子の実親に彼女の無事と所在が伝わることを望んでいた。そして、同じように魔力を持つ子の養育に困っている者に、子を自ら殺めるのではなく、他者に託す選択肢もあることを知らせたかった。
 世間の噂話に疎い彼はマローネの話をこの時初めて聞いたらしく、目を丸くしながらも興味津々と身を乗り出して、屋敷でマリスが赤子を見つけた時の話を聞いていた。

「猫付きの子か。もし養子に出すつもりなら、是非うちに声を掛けてくれ」

 丸っきり冗談とも思えないルシファーの言葉に、マリスは苦笑を漏らした。確かにグレード家の資金力ならマローネの養育は可能だろうが、魔術マニアの餌食になるのは目に見えている。

 せっかく中央街まで出て来たのだから、いろいろ寄ってみたいところがあったが、マリスは本邸に少し顔を出しただけで屋敷のあるルシーダへと戻ることにした。姉のコーネリアからの手土産ですっかり気に入ってしまった薬草茶も買い足したかったし、ルシファーから聞いた新刊を求めて書店も覗いてみたかった。
 けれど結局は、実家で大量の封書や書類を丁度良かったと押し付けられに行っただけだった。

 ――マローネの魔力が落ち着くまでは、あまり長く出ていられないわね。

 いつ赤子の魔力暴走が起こるかは分からない。マリスの不在時なら、メリッサ達には部屋の外に避難するよう指示はしてあるし、被害が広がらないよう部屋には結界も張ってある。マローネが他者を傷付けることがないよう配慮はしているが、彼女自身が怪我しない保証はない。暴発した魔力で壊れたりなぎ倒された家具が赤子の身体を害しないとも限らない。

 守護獣と呼ばれてはいるが、猫達に人を物理的な攻撃から護る力はないと言われている。彼らは魔術師達がその溢れる魔力で壊れないよう、力と身体の均衡を保つ為に存在しているとされているが、実際のところは何も分からない。守護獣の力と存在の意味は神のみぞ知る領域だ。

 マローネが自分の魔力を制御できるようになるまでは、マリスの監視下から出す訳にはいかない。当然、養子に出す出さないを決めるのもまだ先のことになるだろう。

 馬車で座席に腰掛けながら、退屈しのぎにと持ち帰って来た書類へ目を通し始める。ウーノの孤児院の件で父に問い合わせた、隣領サズドールに関する事項をまとめたものだ。

「魔女狩り? ……ううん、少し違うわ」

 報告書に掛かれている文字を追いながら、マリスは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 隣領で顕著になりつつあるという過剰な魔力信仰。魔力は尊く特別な力という認識は国中で浸透してはいるが、サズドールではそれが度を越えた思考の者達が現れ始めているというのだ。

 魔力保持者の子供に必ず魔力が芽生えるとは限らない。反対に魔力を持たない親から隔世遺伝的に魔術師が生まれてくることはある。かくいうマリスの両親は非魔力者で兄や姉達も魔力は無いが、三代前に魔力保持者がいたとは聞いている。

 ――魔女から魔力を受け継がないで生まれた子も、赤子の時期には魔力の源となる力を秘めている。その未知なる力を手に入れることができれば、常人でも後発的に高い魔力を手に入れることができる――

 親から魔力の才を受け継がない子など、五万といる。魔力はそう簡単には遺伝しない。だが、その魔力を持たずに生まれて来た子には、産まれてすぐなら魔力の元となる力を体内に宿している、というのがその団体の思考軸だった。
 そこまでなら特に何も思わない。だが、その過激な団体はその赤子が宿しているという力を取り入れることで、誰でも魔力を手に入れることができると主張し、その実験の為に生まれたばかりの子を攫って生き血を集めている、という記述にマリスはゾッとした。

「赤子の、血を……?」