辺境の魔女の住む屋敷で、猫に守護された赤子が保護されたという一報を聞いて、真っ先に駆け付けて来たのはマリスの二つ違いの姉であるコーネリアだった。妹が本邸で一緒に暮らしている時から、何かにつけて三女の部屋に入り浸っていた次女は、別邸に珍しい毛色の猫がいるらしいと聞いてしまえば、我慢などできなかった。

「まあ、マリス。猫を見に来たんだけど、どこにいるの?」

 久しぶりに会う妹の顔を見るや、淑女らしき挨拶もすっ飛ばして、屋敷の中をキョロキョロと見回す。赤茶色の髪を綺麗に結わえて、シンプルな紺色のワンピース姿で見た目こそ淑やかだが、動きには一切の落ち着きがない。
 本邸勤めの経験がある使用人達は、相変わらずだと笑っているだけだったが、別邸しか知らない侍女の一部は予想とは違うコーネリアの態度に呆気に取られているようだった。

 朝一で先駆けが届き、昼過ぎには本邸からコーネリアがやって来ると聞いて、みなは朝からもてなす準備に勤しんでいた。
 ――来春には他領へ嫁がれる次女様だ。きっと妹であるマリス様との別れを惜しむ為にいらっしゃるのだろう。
 大半の者は、そう思っていた。嫁いで領を出てしまえば、そう簡単には戻っては来れない。だから姉妹水入らずの時間を過ごされる為にいらっしゃるのだろう、と。

「ねえ、エッタもいないの? 可愛い黒猫ちゃんは?」
「エッタは子猫のところにいるわ。ずっと付きっきりで世話しているのよ」
「そうよ、その子猫はどこにいるのかしら? 楽しみで、昨晩はろくに眠れなかったんだから」

 両手の指を胸の前で絡めて、期待を込めた瞳でマリスを見ている。マリスは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。

「赤子の部屋にいるはずなんだけど……マローネは起きている時間かしら?」

 二階を見上げ、様子を見に行くようにと侍女へと指示した後、ソワソワと落ち着かない姉にはソファーに掛けるよう勧める。すかさずリンダが二人分のお茶を淹れ始め、温かいフレーバーティーがカップに注がれた頃、マローネを抱き抱えた乳母と、シエルを抱いた侍女が階段を降りて来た。その後ろにはエッタがトトトと歩いて付いている。

「まあ、ごきげんよう、エッタ!」

 妹には省略していた挨拶の言葉も、黒猫にはちゃんとするのかとマリスは思わず苦笑する。幼い頃からエッタを溺愛して止まなかった姉は、見慣れた猫の姿に勢いよくソファーから立ち上がって駆け寄っていた。

「姉さま、落ち着いて」
「だって、何か月ぶりかしら。ずっと会いたかったんだもの……」

 ホールの真ん中でしゃがみ込んで黒猫の頭を撫で始めたコーネリアは、侍女が抱く小さな三毛猫にも気付くと、はっと片手を口元に当てて息を飲んだ。成猫のエッタを愛でた後だからこそ、その小ささに驚き、初めて見る三色の毛色の鮮やかさに言葉を失っていた。

「名は……子猫の名前は、何ていうのかしら?」
「シエルよ」
「シエル……何て愛らしい毛色なの……」

 手を伸ばして侍女から受け取った子猫を、両手で大事に抱き抱える。フワフワとした毛触りと、その身体のあまりの軽さに少しばかり緊張しつつ、自分の頬にその毛を触れさせてみる。ふんわりとした感触に、はぁっと至福に満ちた溜め息が思わず漏れてしまう。

「つくづく、あなたが羨ましくて仕方ないわ、マリス。私も猫付きだったらって、いつも思うわ」

 猫を伴って生まれてきたマリスのことを腫物を扱うがごとく、扱いに困る者の多い中、妹とその守護獣のことをコーネリアだけは最初から何の偏見もなく受け入れてくれた。妹達と出会ったのがたった2歳でまだ幼かったから、その力を恐ろしく感じるほどの知識が無かったこともあるだろう。ただ純粋に、小さな妹と小さな獣のことを愛しいと思い、余計な距離も置かずに接してくれていた。

 マリス以外には懐かない黒猫だったが、無遠慮に部屋に押しかけてきてはしつこく構ってくるコーネリアから逃げることは無かった。相手にすることはないが、威嚇したり攻撃したりすることもなく、ただ素知らぬフリを貫き通していた。

 まだ掌に乗るサイズのシエルを愛おしそうに抱きながら、コーネリアは乳母の腕の中の赤子を覗き込む。スヤスヤと静かに眠っているマローネの頬を人差し指でそっと触れて、その柔らかさに声無き感嘆の声を上げていた。

「あら、この子の瞳は私達と同じ黒色なのね」
「そうよ、眠っているのに、どうして分かったの?」

 確かに、マローネの瞳はマリスやコーネリアと同じ黒色だ。閉じられ隠れている瞳の色を簡単に言い当てた姉に、マリスは目を丸くして聞き返す。

「そんなの、猫の毛色を見れば分かるわよ。この子の髪は栗色だから、瞳の色には白か黒しか残ってないけど、白色の瞳ってことはないもの」

 言われてみれば、黒色の瞳に黒髪のマリスの猫は黒猫だ。今まで考えたこともなかったと驚いている妹に、コーネリアは少しだけ得意げに言い放つ。

「あなた達の魔力から生まれているんだもの、似ているに決まっているわ」

 ただの猫好きなだけかと思っていた姉の意外な洞察力に、マリスは素直に感心する。