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 照明を落としている室内に、窓から入りこむ太陽光が十分な明るさをもたらす。

 けれど、少女の内心は一秒毎に暗闇がのしかかるばかりだ。母親に手を引かれて、自分の意思など無く生きてきた人生。明日からこの手を引いてくれる人は誰もいなくなると、ベッドの隣で静かに涙を流しながら少女は悟る。


「独りになっても、これだけは忘れないで」


 弱り切った小さな声で、身体を起こせない母親が告げたのは、少女がもう嫌というほど耳にした言葉。


「季節の変わり目は……決して外に出てはいけません」


 人である母親は、同じく人の姿をした自分の娘から、外で美しく咲き誇る無数の向日葵に視線を移動させた。窓際で咲いているリンドウ達も、しばらく日光から遠ざけられていたからか向日葵達を羨ましそうに見つめている。


「彼らを見て。太陽の光を浴びて自分の身を自慢のように輝かせているけれど、幸せでいられるのは今だけ。明日か明後日か、そう長くない内に、彼らはとても醜い姿となってこの世を絶つわ」

「どうして?」

「鬼がやってくるから」


 花も人と同じくらい、長くて短い時間を生きられる。

 少女の父親は花で、少女がまだ字も書けないくらいの幼い頃に枯れ果てた。長くは生きられなかったけれど、少女の母親が言うには本来ならもっと生きられたらしい。

 父親が亡くなった原因を、母親は娘に語らなかった。幼い少女は当時検討もつかなかったが、生きて年月を重ね、自立可能な年齢となった今であれば、教えられずとも察することが出来る。


「お父さんは、鬼に殺されたの?」


 母親は何も言わなかった。肯定はせずとも否定もしない。それはすなわち、肯定を意味する。

 母親は、殆ど力の無い自身の手を娘の手に被せた。生きている人の温もりが、少女の手の甲に伝わる。


「花は自分の意思で動くことが出来ない。鬼の姿は人にも花にも見えないから、危険を察知することも出来ない。でも鬼は、目に見える物には触れられないと言われているわ」


 家の中にいれば、安全よ。

 か細い声が少女の耳に届くと、被さった母親の手は力を無くして重力に従った。

 閉じられた目は再び開けられることなく、やがて少女の母親は静かに息を引き取った。


 その場から動けずにいる少女の背中を、リンドウ達だけが見守っていた。