入学式が終わり、クラスの担任からの色々なお知らせを聞いて、今。
 クラスメイト達は帰り支度をしたり、部活の見学に行こうとしたり、お昼ご飯を食べたり、思い思いに新学期一日目の放課後を過ごしていた。

「玲央はこの後、陸上部に行くん?」

「ああ。今日から部活に参加するで。幼馴染が女子の陸上部にいるから、もうすぐその先輩が迎えに来てくれると思う」

 玲央が、「二人はどうする?」と言った言葉に重なるように、玲央とは別の、彼女より低音の声が響く。

「芹、紅」

「あ!! おにぃ~!!」

「どわっ?!」

 佐竹紅華という娘は出合い頭にタックルのような抱擁をするのが好きなのか、一年二組の教室の扉付近でこちらを伺っていた紫苑に勢いよく抱き着いた。
 紫苑は一瞬体勢を崩すが、持ち前の運動神経でなんとかした。

「お前な、急に抱き着くんやめぇや」

「えへ!!」

「可愛い子ぶんな」

 佐竹兄妹が兄妹漫才のようなものをしているとき、紫苑に憧れていた玲央は緊張で硬直していた。

「紫苑くん、彼女は花咲玲央ちゃんです。陸上部らしいですよ」

「ほう?」

「あ、はい!! 花咲玲央と言います!!」

 紅華が、「玲央、緊張しすぎ!!」と揶揄うと、玲央は裏返った声で「そ、そら緊張するわ!! 憧れなんやで!!」と言う。

「わはは!! まあ、こいつらとついでにオレもよろしくな」

「はい!!」

 そうこうしていると、玲央の幼馴染で陸上部の二年の女子が玲央を迎えに来る。
 その彼女は、紫苑とも同じ陸上部で二年生で仲がいいらしく、少し冗談を言って、玲央と部室に向かった。

「……紫苑くんは、女性に凄くモテるんですね」

「え? そんなことないで? モテるっていうか、女友達は多い方やけど、恋愛はまあ、別やしな」

「(……もどかし!!)」

 両片思いの二人がもだもだしているのを見て、紅華は、早くどっちかから告白しないかね? と溜息を吐く。

「お前ら、この後どこやっけ?」

「文芸部~。でもお腹すいたから先にここでお弁当食べる」

「そか。俺は部室で食うから、また夕方な」

 夕方には、スタジオでバンドの練習が入っている。
 紫苑は、二人の様子だけを見に来ただけのようだった。
 この高校の陸上部は強豪の部類に入るけど、無茶な練習は一切しない。
 日が暮れてくる前には終わっている。

 紫苑は、芹菜と紅華が、というか、芹菜が少し疲れているようだったが、まあ、問題がなさそうなので、部活へと向かっていった。

 しかし、花咲玲央という女子が芹菜に害をなさないか心配だ。
 そこは紅華と協力しながら注視することにした。

 紫苑は、芹菜がなにより大切だった。
 紅華のことも大切だが、彼女は強い。
 しかし、芹菜は、儚く消えてしまいそうな危うさがある。
 だから、心配なのだ。
 好きだから、傍にいたい。笑顔を見ていたい。泣いているなら、その原因を潰してから、抱きしめたい。

 芹菜は小菊が作った弁当を、紅華は母が作った弁当を、広げた。
 栄養がきちんと考えられたカラフルな芹菜の弁当を見て、ふと、紅華は思うところがあった。

「菊くんって苦手なことあるん?」

「え? うーん……。どうでしょう? あ、虫はあんまり得意じゃないみたいですけど」

「あー、虫ね(そういえば、この間出かけた時、蜂に騒いでたなぁ)」

 小菊は、料理もできるし、DIYなんかも得意だし、裁縫なんかもしたりするので、苦手なことはないような完璧男のようだが、唯一、虫の存在だけは許せないらしい。
 この間、初めてのデートの時に、近くに蜂が飛んできてぎゃあぎゃあ騒いでいたのを、紅華は思い出した。
 もちろん、『デート』ということは内緒で出かけた時だ。

「……紫苑くんは、モテますよね?」

 小菊には、紫苑を好きだということは、紅華伝いで知られているとは知らず、芹菜はなにかあると唯一信頼できる親友に恋の悩みを相談している。

 紅華は、「うーん……?」と唸った。

「モテる、ことはモテるんやろうけど、本人が恋愛は今は考えてないみたいやしなぁ」

 実は親友と兄が両片思いなことを知っているが、下手な援護射撃は恋が破滅しかねないので、言えないのがなんとももどかしい。

「……好きな人、とかいらっしゃるんでしょうか」

「そんなに好きなら、告白すればいいのに」

「え?!」

 ニヤニヤ笑いながらそう言い放つ紅華に、芹菜はわたわたと慌てだす。

「い、いや、わ、私なんかでは、紫苑くんには釣り合わないですよ……」

「釣り合う、釣り合わんは芹菜が決めることちゃうし、おにぃがあんたを大切にしてることはわかるでしょうよ」

「……でも、」

 そい言って、黙ってしまう芹菜を見て、ちょっと言い過ぎたか? とも思ったが、親友の恋も、兄の恋も、成就してほしいので自分は間違ってないと思った。

「まあ、後悔だけはせんようにしなよ? 『幼馴染』って関係性はいつまでも続くかもしれんけど、ずっと隣を占領できるわけちゃうからね?」

「……そう、ですよね」

 その言葉は、中学の卒業式の日に、小菊への愛の告白として言った言葉だった。

「菊くんとは幼馴染やけど、その関係性はすっと続くけど、それじゃあ、ずっと隣を占領できへんから、付き合って欲しい」、と、告白した。

 小菊は、紅華の10歳年上だ。
 小菊に過去、彼女がいたことも知ってるし、自分が『妹的存在』としてしか見られていないかもしれないことも分かっていた。
 でも、隣を占領したかった。
 どうしても、彼が欲しかった。

 小菊はその場では答えを出さなかった。

 数日後、デートの誘いが小菊からきて、その日に「ホンマに俺でええんか?」と言われ、自分は貴方がいいんだと言うと、じゃあ、付き合おう、と言われた。

 夢みたいだと思ったが、小菊はその記念にネックレスを買ってくれた。

 そのネックレスは、今日も紅華の首元で輝いている。

「まあ、どっちにしろ、紅は芹菜の味方やからね!!」

「ふふ、ありがとうございます、紅ちゃん」

 そして、二人はかしましくおしゃべりをしながら弁当を食べ終え、文芸部に行く準備を始める。
 文芸部を選んだのは、紅華が所謂、腐女子、という、男同士の恋愛を描いた作品が好きだから、という特性と、芹菜の小説好き、という特性が合わさって、一緒に入ろうということになった。
 まあ、二人一緒ならどの部活でもいいのだが、バンド活動をしているので運動部や、吹奏楽などのようなハードそうな部活は嫌だし、好きなことをしていたいので、文芸部にした。

 文芸部は、クラスの教室が入っている教室棟と廊下でつながった、科目棟の三階、国語教科室で活動しているらしい。

 国語教科室に向かう途中、芹菜が不意に口を開いた。

「ねぇ、紅ちゃん」

「うん?」

「私、高校で強くなりたいです。急に強くはなれないけれど、前に向かって、歩いていきたいです」

 芹菜の言葉には、力があった。
 ああ、もう苦しんでばかりいたあの子ではない。あの苦悩を乗り越えようとしているんだ、と紅華は感慨深くなる。

「うん、紅はずっと、芹菜の味方やからね!」

「ありがとうございます! 紅ちゃん、大好きです!!」

「や~ん!! 紅も大好き~~~!!」

 この二人は、きっとずっと親友でいるだろう。
 それくらい、二人の絆は強く確かだった。