「あ!!」

 クラス分け表を見上げていた紅華が声を上げる。
 一年二組の欄に黒川芹菜、佐竹紅華の名前が並んでいた。
 出席番号も前後だ。

「紅と芹菜、一緒のクラス!!」

「あ! 二組ですね。よかった……」

 正直、高校入学は不安だった。
 親友と一緒の高校への入学を控えた『普通』の女子高生なら、こんなはしゃぎ方をするだろうなと、思って、意図せず芹菜は『普通』を演じていた。
 紫苑との距離感が微妙に近かったのもそのせいかもしれない。
 いじめの記憶がフラッシュバックして、怖かった。
 だから、今日の『黒川芹菜』は『黒川芹菜』であって、『黒川芹菜』ではなかった。
 芹菜は、たまに自分が自分じゃないような感覚に陥る。
 それは過度なストレスによるモノだと、最近知った。

 しかし、ストレスが原因ではなく、歌っているときにもよく、「人格が変わったようだ」と兄たちから言われる。
 自分は多重人格なのか? と思ったりもしたが、人格が完全に変わることもないので違うのか、とも思う。

 でも、とりあえずは親友の紅華と同じクラスだったので、『自分』に戻れた感覚になった。

 紅華も、なんとなくそれに気づいていた。
 だから、一年の教室に向かうまで、芹菜のかすかに震える手を優しく握っていた。
 芹菜は、そうして、やっと、息ができた。

 教室に入ると、もうすでに何人かのクラスメイトの男女がいた。
 芹菜が紅華の柔い手をきゅっと握った。
 紅華もそれに応えるように手を握り返した。
 そして、紅華は、にっ!! と芹菜に笑う。
 その笑顔を見て、芹菜の顔のこわばりが取れたようだった。

 出席番号順に席が用意されていたようで、黒板に貼ってある紙を見て、席に着く。
 廊下側三列目の、三番目が芹菜で、四番目が紅華だった。

「芹菜に悪戯し放題や!!」

 そう言って、前を向いてい座っていた芹菜の背中をボールペンで突く紅華。

「うひゃ!! もう、紅ちゃん、授業中はダメですからね」

「はーい!!」

 仲のいい二人がそんなおふざけをしていると、不意に紅華の右隣の席にクラスメイトがやってきた。
 カバンを机に置いたそのクラスメイトは、女子の制服を着ていたが、二人を愉快そうに見つめて、低音で囁く。

「おやおや、かしましいかわいこちゃんたちがいるねぇ」

 なんともキザなセリフが男前な女子生徒から発せられる。
 長い襟足を縛った今風のウルフカットの彼女は、男装でもさせれば、女子の一人や二人や三人くらいコロッと撃ち落せそうだ。

「貴方はカッコいい系女子やね!!」

「ありがとう。アタシは花咲玲央(はなさきれお)。キミたちは?」

「紅は佐竹紅華! こっちは幼馴染の黒川芹菜!!」

「よろしくおねがいします、花咲さん」

 芹菜の腕がかすかに震えている。
 紅華はそれに気づき、「芹菜、お手!!」と冗談を言って彼女の手を握る。
 少し、安心したような様子を見て、紅華は「(芹菜は紅がいなきゃあかんね)」と思う。
 新しい環境は怖い。いい加減、紅華や兄や、紫苑から卒業しなきゃならないと思う芹菜だが、どうも、上手くいかない。

 ままならない。

「幼馴染か、いいね。ちなみに佐竹さんはお兄さんおる?」

「ん? おにぃなら一人おるよ! 紫苑っていうの」

「ああ、じゃあ、佐竹先輩の妹さんか」

 芹菜と紅華は顔を見合わせた。
 どうやら、この花咲玲央という女子は紫苑を知っている様子。

「紫苑くんを知っていらっしゃるのですか?」

「アタシも陸上をやってるんや。先輩も短距離やろ? アタシもでね。先輩に憧れてこの高校に入ったんや」

「へ~、おにぃも隅に置けんな~」

「彼に憧れる後輩は多いで。男女ともに」

 紫苑は地元ではちょっと有名なスポーツマンらしい。
 まあ、全国にも行ったことのある男だし、性格も難はない、顔もそこそこ整っている、となると、憧れを抱く後輩は多いだろう。

 そして、紅華は見逃さなかった。
 芹菜の瞳に、嫉妬の色があったのを。

「(はよ、くっついたらええのに)」

 お互いを大切に思うが故に一歩を踏み出せないのは紅華もよくわかる。
 10歳年上の恋人が、妹たちが付き合いだすまで内緒にしたいと言って、キスすらしてくれないのと一緒だと思う。

 結局、皆、臆病者なのだ。

 もちろん、紅華も。

「ああ、そうや、二人とも、アタシのことは玲央って呼んでほしい」

「じゃあ、紅のことも好きに呼んで!」

「わ、私もお好きに呼んでください……」

 玲央はやや、迷ったような顔をしたのち、にこっと笑う。

「じゃあ、紅さんと芹さんにしよう!」

「え! おばあちゃんみたい!!」

 三人はそれから、チャイムが鳴って担任がくるまで、色んな話をした。
 紅華の兄の紫苑の話なんかになると、玲央は嬉しそうにしたり、意外そうにしたり、忙しなく表情を変える。
 また、恋の話なんかになると、紅華は、彼氏との約束があるのでうやむやにするが、芹菜は目に見えて慌てだして。

「もしかして、佐竹先輩が好きだったりする?」

「え、あ、あの……。し、紫苑くんには言わないでください……」

 尻すぼみになっていく真っ赤な顔の芹菜の言葉を聞いて、微笑ましくなった紅華と玲央は、のちに、『芹菜の恋応援隊』なる秘密結社を結成して、芹菜と紫苑の恋を応援するのだった。

 担任がくる少し前に玲央と幼馴染コンビはLINEを交換した。
 その後、芹菜と紅華の個人チャットに、紅華からLINEが入る。

『大丈夫だよ』

 その言葉は、なによりも信頼出来た。

 もっと、もっと、頑張らなくては。しっかりしなくては。
 でも、焦ってはいけない。
 大丈夫。……大丈夫。

 きっと、今年はいい年になる。