「あ、アメリア……あんまり逆らわない方が……」
「海賊の言い分なんて知らないね! ボクがリーダーで、ニーナがサブリーダー! 一番最後に入ってきたヴァルカンはお・ま・け! これだけは譲らないよ!」

 ヴァルカンはまったく反論しないが、アメリアの強引な考えを受け入れているようでもなかった。彼女が胸を張っても、彼はまるで物怖じする様子はなかった。

「とにかく、今書き換えてよね。いい?」
「……フン」

 小さく鼻を鳴らすだけで、ヴァルカンは受付用紙への記入の手を止めない。
 ともすれば感情がないかのような行動を見て、一切行動の読めない相手におびえ続けるニーナの隣で、アメリアはわずかな確信を抱いた。

(やっぱり、これだけ言っても怒らないんだ。案内所の扉を蹴破って、血の付いた金貨を渡して、ボク達を脅して、傍から見るとイカれてるけど――この海賊、いい人だ)

 この男が怖いのは、見た目と行動だけ。
 あとは普通の人格者で、うまくいけば真っ当な関係性を築ける可能性がある、と。
 妙に強気な態度のアメリアをよそに、ヴァルカンは用紙の全ての項目を書き終えた。

「受付嬢、これでいいか?」
「は、はい!」

 書類を受け取った受付嬢ロームは、やや慌てた口調で喋り始めた。

「では、今後の日程について簡単に説明しますね。明日の早朝から、隣街フラウロンの中央闘技場前の掲示板に試合日程が張り出されます。組み合わせは全ての対戦相手とマッチングする点以外、完全にランダムとなっております。それと、その次の日から試合が始まる場合もありますので、『ローブ』をお忘れなく」
「『ローブ』?」
「魔法使いの正装のことだよ。決闘する時には必ず着るから、ボクも持ってるよ」

 アメリアが補足した言葉の意味を、ヴァルカンは分かっていないようだった。

「もしかして、あんまり魔法使いについて詳しくない?」
「……あまり」

 ヴァルカンの返事を聞いて、アメリアは少し偉ぶったような顔をした。

「やっぱり! しょうがないなあ、魔法の素人にボクとニーナが丁寧、丁寧、丁寧に教えてあげよう! トーナメントのこととか、魔法のこととか!」
「助かる」

 自分よりもずっと背の低い女の子が鼻で笑っても、まったく怒らないし、苛立った様子も見せない。やはりヴァルカンは、大げさな行動の中に計算性をプラスした、本性は冷静な人間だ。
 そう確信したアメリアは、もうちっともヴァルカンを恐れなかった。

「ふふ、見かけによらず物分かりがいいね! ニーナもそう思わない?」
「ううん、こ、怖いですよぉ……」
「ま、見た目が怖いのは否定しないけどね。ニーナが慣れるのはもうちょっと先だね」

 未だにぶるぶる震えているニーナがそれに気づくには、もう少し時間がかかるだろう。
 とにもかくにも、目的は達成した。エルダーワン・トーナメントに参加できるようになったアメリアは、やっと肩の荷が下りたようで、その場で大きく伸びをした。

「そんじゃ、無事にエントリーもできたし、説明と腹ごしらえも兼ねて外に――」

 だが、カウンターに背を向けて歩き出すアメリアとヴァルカン、二人を追いかけるニーナの三人の道は、ふいに遮られてしまった。

「――ちょっと待ちなよ、田舎者といかれ野郎」

 三人の前に立ちはだかる、タリオンとその仲間の二人によって。
 ぴたりと足を止めたアメリアとニーナは、やっと彼らとのトラブルを思い出したようだ。危うく魔法を使った喧嘩にまで発展しかけた、口論という名のトラブルを。

「……知り合いか?」

 一方で、ヴァルカンは当然彼らを知らず、アメリアを見ずに問いかけた。

「違うけど、知ってる。こいつ、さっきボク達を田舎者扱いしてきた魔法使いだよ」

 そう言うと、アメリアはヴァルカンとニーナよりも一歩前に出て、軽く舌打ちした。

「何? まだボク達に用があるの?」
「勿論さ。用もないのに、間抜け面を呼び止めたりするかい?」

 タリオンを含め、後ろの金髪と黒髪の男達がにやにや笑いでこちらを見ているのが、アメリアにとっては腹立たしくてならなかった。
 周囲の人はというと、取り戻しかけていた喧騒をたちまち静けさで上書きしてしまった。中にはもう、トラブルに巻き込まれるのはうんざりだと言わんばかりに、総合案内所をそそくさと立ち去る者までいた。
 そんな周りの人々を見下すように眺めながら、タリオンはため息交じりに告げた。

「単刀直入に言おう。君達のような虫けらがエルダーワン・トーナメントに参加するのは、それそのものが魔法への侮辱だ。即刻、参加を取り消したまえ」

 彼のため息は、アメリアの態度ではなく、愚かさに向けられていた。
 要するに、アメリアがトーナメントに参加することそのものが愚かだと言っているのだ。タリオンの仲間もまったく同じ感想のようで、相変わらずにやにやと笑みを浮かべている。
 ヴァルカンは相変わらずの無表情だったが、アメリアは目を細めていた。飛びかかろうとしていた時よりもずっと強い怒りの火が、その目に灯っていた。

「……虫って言うなら、あんたの方が頭に虫でも湧いてるんじゃないの?」
「口だけは達者だな。だが、利き方には気を付けた方がいい」

 アメリアの挑発に、タリオンは嘲笑で返した。

「エルダーワン・トーナメントはソロモニア帝国が建国した頃から続いている、由緒正しい魔法使いの決闘の場だ。国中から選りすぐりの魔法使いのチームが集まり、互いの最強の魔法を披露する、崇高な場所だ」

 エルダーワン・トーナメントについて、両手を大げさに掲げながら演説の如く語るタリオンは、まるで自分自身に酔っているようだ。
 ヴァルカン達が心底興味のない顔で見ているのにも、ちっとも気づいていない。

「ところが、総人口が数万を超えるこの国の人の四割が魔法使いだというのに、しかも参加は自由だというのに、毎年名乗りを上げるチームは八十から多くても百くらい。どういう意味か、分かるかな?」
「うん。馬鹿は話が長い、ってとこまでは分かったね」