そう言われた瞬間、アメリアの頭を怒りが完全に支配した。
 相手が男性であるとか、魔法使いであるとか、そういった些末事は完全に吹き飛んだ。残ったのはただ一つ、自分の魔法でこの男を地に叩き伏せてやりたいという欲望だけだ。

「……ぶっ殺してやる」

 冷たい声で言うが早いか、アメリアはタリオン達に飛びかかろうとした。
 ニーナがすんでのところで、もう一度捕まえなければ、きっとアメリアが淡く光らせた右掌の中の何かが、男達に命中していただろう。
 どうやらこのアメリア、相当なトラブルメーカーらしい。

「アメリア、落ち着いて! 魔法を使っちゃだめだよ!」
「放してよ、ニーナ! こいつら全員理解(わか)らせてやるーっ!」
「お、なんだ、やる気か?」
「都会の一流魔法使いの実力を思い知りたいみたいだな!」

 じたばたとニーナの腕の中でもがく彼女の前で、男達も一人、二人と席を立つ。
 どこかに行ってくれるのならまだありがたかったが、どう見てもタリオンに加勢しようとしている。いくらアメリアが自称する通りの、魔法の天才だったとしても、自分よりもガタイのいい男性複数人を相手取るのは不利に違いない。
 そもそもここは、魔法使いや魔法に関する職業に就く人、加えてただ休憩したい人の集まる場所だ。喧嘩などもってのほかというのは、周りの人が距離を取り始める態度や、ロームやスタッフの焦った顔からもよくわかる。

「待ってください! 『魔法競技総合案内所』での魔法行使は――」

 ロームは、どうにかして双方の間に割って入るべく、カウンターを飛び出そうとした。
 互いに火が付き、これから魔法を使ったトラブルが起きたとして、被害を最小限にする手段も考えていた。この世界における警察や自警団を呼ぶのも、プランの一部であった。
 だが、その必要はなかった。

 ――ドゴオオォォンッ!

 突如として、ものすごい音が案内所中に鳴り響いたからだ。

「……なんだ?」

 その音で、アメリアやタリオン、その他の面々もたちまち静かになった。
 音のした方を見ると、案内所の扉が蹴破られていた。木の破片が辺りに飛び散り、取っ手が真っ二つに折られた惨状を作り出したのは、陽の光を背に受けて仁王立ちする男だ。
 最初は誰もが、訝しい目で彼を見ていた。しかし、ゆっくりと男がカウンターに向かって歩き出し、逆光のせいで見えなかった姿がはっきりと瞳に映るようになってからは、今度は息を呑んだ。それほどに、彼は異様な風体をしていたのだ。
 髪型はめちゃくちゃに撥ねたミディアムロングで、色は黒。前髪に赤のメッシュが入っている。目は黒色でハイライトがなく、やや吊り目。肌は白く、体型は細身。
 ここまでなら、まあどこにでもいる。問題は、彼の服装と雰囲気だ。
 髑髏のワンポイントが入った黒い三角帽子や金銀の派手な装飾を施した濃い赤紫色の襟付きコート、白いワイシャツに赤と黒の縞模様のズボン、茶色いブーツと派手なカーペットのような腰布を身に纏っている。奇人変人でも、こんな格好はしないだろう。
 しかも、細いピストル二丁と妙に曲がった剣を一振り腰に提げ、じゃらじゃらと音のなるズタ袋を引きずっている。
 この世界には魔法があるが、それが普及していない国やソロモニアの一部地方では、まだ火薬を用いた武器が主流となっているから、ピストルはおかしくない。おかしさを指摘するなら、赤黒い汚れのついた剣と、ズタ袋の方だ。
 彼の容貌を例えるなら、地獄から這いずり出た幽鬼、とでも言うべきだろうか。
 そんな男がゆっくりと歩くのだから、当然彼の道筋にいた者は飛びのくように後ろに下がった。道を阻んでいれば、何をされるか分からないのだから。

「誰だ、あいつ? ボロボロの服で……」
「ゆ、幽霊か?」

 戦慄する人々を、彼は一瞥もしなかった。
 ただゆっくりと歩き、カウンターの向こう側で言葉を失っているロームの前で、やっと彼は足を止めた。そして、光のない虚ろな目で彼女を見て、口を開いた。

「……『エルダーワン・トーナメント』に参加したい。金はある」

 乾いていて、重く、心臓にのしかかるような声だった。
 彼の声を聞いただけでも、ロームの心臓は縮み上がった。

「あの、扉を蹴破って入るのは……ひっ!」

 どうにか勇気を振り絞って、破壊された扉を指さすと、男は乱暴にズタ袋をカウンターに置いた。思わず身を震わせたロームの前で、袋の口からワルド通貨が漏れ出した。
 もしも袋の中身がすべて貨幣なら、修理費と参加費を足してもおつりがくるだろう。

「扉の弁償金だ。参加費も含んである。それで、参加できるか?」
「ま、ま、魔法使いか、魔法使いに匹敵する力があれば……」

 彼が魔法使いでないのは、ロームや他の人々の目から見ても明白だった。
 魔法使いが衣服にこだわるという点を無視しても、こんな風貌の男が、まともな人間だとは思わないだろう。彼に対するロームの質問も、あくまで形式的なものだ。
 問いかけに対して、男はもう一度口を開いた。

「……俺は『海賊』だ。名前はヴァルカン――“キャプテン”・ヴァルカン」

 彼は、ヴァルカンと名乗った。
 その頭に、自らの在り方を意味する――キャプテン、という言葉を足して。