再び歓声が沸き上がり、双方の名前のコールが聞こえてきた。

「ニーナ、がんばれーっ!」
「船員としての実力、見せてもらう」

 ぶんぶんと手を振り回して応援するアメリアと、腕を組んで壁にもたれかかるヴァルカン。応援の仕方は真逆だが、どちらもニーナを信じているのは紛れもない事実だ。
 二人から期待されて、尻尾を巻いて逃げるほど、ニーナも臆病者ではなかった。

「う、うん……できれば、相手の人が降参してくれたらなぁ……」

 とはいえ、可能であれば戦いを避けたいと思っているのも間違いはないのだが。
 衆人環視の中をおどおどと歩くニーナの反対側からは、タリオン達に肩を強く叩かれた金髪の男。ニーナに腕を潰された、エディと呼ばれた男だ。ただし、その手はすっかり治っているようであった。

「ククク、あの生意気なガキが出てくるかと思ってたが、こりゃ嬉しい誤算だな」

 てっきり彼は自分を憎んでいるのかと身構えたが、エディにそんな雰囲気はなく、顔はにやついていた。もっとも、その張り付けたような笑顔が、むしろ気味が悪かった。

「あ、貴方は昨日、私が手を潰しちゃった……あ、あの後、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だった、と言えば嘘になるな。まあ、気にしちゃいないさ」

 いかにも紳士的に、エディは最近まで折れていた手を振った。
 申し訳なさそうに謝るニーナに対して、やはりエディは怒りを抱いてはいなかった。

「それより、見たところキミは随分と決闘に億劫な様子だね。負けると分かっている戦いで、無理に傷つく必要はないさ。キミのような、綺麗な女性ならなおさらね」

 それどころか、なんと闘技場のど真ん中で、ニーナを口説き始めたのだ。
 確かにニーナは、瓶底眼鏡のせいで瞳が正面からは見えないが、スタイルは抜群にいいし、顔も非常に整っている。アメリアが女の子としての可愛さを持っているなら、ニーナは大人の女性としての可愛さを有していると言えるだろう。
 いかにも世間知らずで、怖がりな少女。エディがもしも軽口で、何人も女性をナンパして関係を持つような男であれば、声をかけずにはいられない。そしてエディは、そういう男だ。
 田舎者の女を捕まえて、試合も勝利できるなら、とエディは自信満々に誘い文句を言った。

「どうかな? ここは棄権して、試合の後でお茶でも――」
「えっと、お断りします……」
「へ?」

 だが、あっさりと断られてしまった。
 まるで何の関心もないかのような淡泊な返事を受け、エディはつい面食らった。

「も、もうちょっと話を聞いてくれてもいいんじゃないか? 俺はエリートだし、結構モテる方だし、こっちから女性に声をかけるなんて珍しいんだぜ?」

 ハンサムであっても、エリートであっても、ニーナの興味は引けなかった。

「あの、握力で私に負ける方はタイプではないので……ご、ごめんなさいっ!」

 なぜなら、そもそもエディはニーナの中では貧弱な男性だからだ。
 自分程度の腕力で簡単に腕を折られる男性を、ニーナは異性として見られなかった。彼が案内所で痛みに喚き散らしていた時点で、そもそもフラれる運命だったのだ。
 ぺこりと大きくニーナが頭を下げた途端、観客席が爆笑に包まれた。自分の顔や才能に絶対の自信がある男が無残に玉砕する様は、傍から見ればお笑い種だ。

「あははははは! あいつ、ニーナをナンパしてフラれてやんのーっ!」
「フッ」

 それこそ、腹を抱えるアメリアはともかく、ヴァルカンすら鼻で笑う始末だ。

「だ、ダメだよ、アメリア! フラれた人を笑っちゃ……!」
「……フッたのは、キミの方だろう……!」

 さて、一瞬で街中の笑いものになったエディの顔は、恥辱と怒りで染まっていた。

「情けをかけてやるつもりだったが、気が変わったぞ! 他の連中と同じように、痛い目に遭わせて、才能の差を思い知らせてから田舎に帰らせてやる!」
「逆恨みするような奴なんて、遠慮する必要ないよ! ニーナ、ぶっとばしちゃえ!」

 自分の物にならないと見るや暴力的な態度をとるエディをぶちのめせと、アメリアが強く手を振って声援を投げかける。ニーナも小さく頷いて(ぶちのめすかはともかく)、床石に刻まれた黒い線のほうに歩いてゆく。

『両者、指定の位置に! 準備はよろしいですね!』

 こうして、黒い線の上に立ったエディとニーナが向かい合った。
 ほんの少しだけ、観客席が静まり返る。生唾を呑み込む音すら聞こえそうな静寂の後――。

『それでは第一試合――はじめっ!』

 試合開始を告げるロームの声と三度目の歓声で、闘技場が揺れた。
 戦いが始まって、最初に動いたのはエディだった。

「フン、田舎者じゃ真似できない魔法を見せてやる!」

 彼が勢いよく掲げた手を床石にあてがった瞬間、茶色いマナの光が迸った。
 観客席からざわめきが聞こえてくる中、突風の如く吹き荒れるエネルギーの中から、床石の一部が溶けだしていく。そしてそれが棒の形を取り、先端を鋭くマナによって尖らせると、たちまち鋭利な石の槍がエディの手に握られた。
 これが土属性の魔法――武器を造る、『錬成魔法』だ。

「どうだ、俺の錬成魔法は! このサイズの槍を何もないところから錬成するのに、凡人なら十分はかかる! だが俺なら、武器を作るのは造作もない!」

 エディは慣れた手つきで槍を振り回すと、ニーナに突きつけた。

「女性の柔肌を傷つけるのは気が引けるが、俺の誘いを断った仕置きだと思うんだな!」

 ぎろりとニーナを睨むエディだが、彼女の方はやや怯えてこそいるものの、その場にしゃがみこんだり、たちまち降参を宣言したりしなかった。

「……では、私も……ちょ、ちょっと待ってください」

 ただ、静かにリュックを床に置き、逆さにして中身を取り出した。
 ゴロゴロと床に落ちたのは、様々なサイズの鉄材だ。

「なんだ、ありゃ?」
「鉄材か?」

 観客席から疑問の声が上がる中、エディはにやりと笑った。

「ふむ、どうやら地面の中の鉄を集めて武器にする技術を持っていないようだな。あらかじめ用意した鉄材を使った魔法など初歩の初歩! 魔法技術に自信がない証拠だ!」

 エディの言う通り、土属性の錬成魔法は最初こそ元々の素材として土や鉄の塊を用いる。しかし、それはあくまで初歩の話である。最終的に周囲の物質から必要な素材をマナと共に練り込み、イメージした武器を造り上げてこそ一流、というのが常識だ。
 この時点で、エディにとってニーナの実力は知れていた。魔法学院の物差しで言うならば、彼女は入学したての、魔法使いの卵程度だと。

「錬成魔法――『ギガント・アームズ』!」

 そんな彼の予測など知る由もなく、ニーナは自らの魔法名を叫び、鉄くずを掴んだ。