ソロモニア永世帝国は、国土が大陸の六割を占める巨大な帝政国家だ。
 帝国がこれだけの立ち位置を確立できたのは、この国で発見された未知のエネルギー『マナ』と、それを用いた超技術『魔法』の後押しがあったからだ。
 ソロモニアでは、全ての政に魔法が絡む。魔法で人々の生活は変わり、豊かになった。最初は皇帝やその周辺、重臣だけが持ちうるそれらも、たちまち領民へ生き渡った。魔法は才覚こそ求める特別なものではあるが、神聖なものではなくなった。
 魔法は戦争も変えた。今でこそ他国との和平協定を結んでいるが、かつては最も魔法技術を武器へと昇華させて、今の国土の半分近い土地を他国から奪った。戦争が終結して数十年が経つが、未だに魔法技術の歩みは止まっていない。
 一言でその原理を説明するのは難しいが、存在そのものは貧富問わず、国民すべてに浸透しているといっても過言ではない。国の基盤が、まさしくその魔法なのだ。
 特に今年は、国を挙げて執り行われる、魔法に関するイベントで騒々しくなる年だ。
 それは国の中心部、最もにぎわう帝都周辺の街、サタナクアでも同じだった。

「――『トーナメント』に参加できないって、どういう意味さ!?」

 特に、老若男女問わず人が集まる『魔法使い総合案内所』なら、なおさらである。
 広々としてのんびりした空気の流れる施設であるここは、人の流れが多いサタナクアでも、特に人がやってくる。目的は何かしらの頼み事であったり、待ち合わせであったりと様々。中にはごく稀に、人に言えないような話を持ち掛けてくるような輩もいる。
 そんなところだから、カウンターで怒鳴る少女の声は、なおさら目立った。そこで何かしらの依頼を受けようとしていた男性も、近くのテーブルでコーヒーを飲んでいた女性も、誰も彼もが、二人の少女をじろりと睨んだのも、無理はなかった。

「あ、アメリア……大声出しちゃだめだよ……」

 一人の少女が、周囲の視線を感じて、おどおどした調子で隣の女の子に声をかける。
 濃い赤毛を太く長い三つ編みのおさげにして、前髪ともみあげは平らに切り揃えている。眉毛も太く、端から見える目は丸くて可愛らしいのだが、視力が低いようで、瓶底眼鏡で補っているので正面からは瞳は見えない。
 周りの男性より背が高い上に、メロンが二つ置いてあるのかと見紛うほど胸が大きい。着ているのは白いシャツと深緑色のフード付きのジャケット、パッチワーク柄の灰色のズボン、焦げ茶色のブーツ。ショルダーバッグも含めて、きちんと手入れされているようだ。
 ともすれば威圧感すら覚えるほどの巨躯だが、声はか細く、弱弱しい。心優しき怪物、がもしも世の中にいるのだとすれば、きっと彼女のような存在だろう。

「だってだって、おかしいよ、ニーナ!」

 一方で、アメリアと呼ばれた少女は、口を尖らせて反論した。
 オレンジの色味が強い金髪を後頭部でキューブ付きのゴムで束ねており、切り揃えたもみあげを垂らして、前髪は目にかからない程度に伸ばしている。眉は細めで、丸く大きな目の色は蒼。年相応よりも少し精悍な顔つきであり、肌の色は少しだけ日に焼けた白色。
 男性用の青い襟付きシャツとベージュのズボン、底の厚い革靴を履いて、腰のベルトにはホルスターに入ったナイフを提げている。
 そしてこの二人には、共通点がある。髪と同じ色の狼のような耳と尻尾が、先ほどからずっと、感情に応じて揺れているのだ。
 もっとも、この世界において犬猫と同じ特徴を持つ人間族――獣人族はさほど珍しくない。獣人だけの国家も今ではよくあるものだし、耳や尻尾を触られるのを酷く嫌うことを覚えておけば、誰でも仲良くなれる。
 そんな彼女、アメリアの性格は、どうやらニーナと呼ばれた内気そうな少女とは真逆で、かなり勝ち気で強気なところがあるらしい。その証拠に、さっきからまくし立てている言葉には、まるで自分に非があるとは思っていないのが明白だ。
 現に、アメリアはまだ、カウンターに身を乗り出して自分の正しさを叫んでいる。

「この張り紙にもちゃんと書いてあるじゃん、『腕に覚えのある魔法使いなら誰でも参加可』って! 『魔法競技総合案内所』で申請すれば参加できるってことだよね!?」

 彼女がカウンターの受付嬢に突きつけたのは、一枚の張り紙だ。
 そこには向かい合って手から光を放つ一組の男女と、『エルダーワン・トーナメント』の文字がでかでかと書かれていた。脇には「来たれ、未来の最強魔法使い」、「賞金最大一億ワルド」、「四年に一度の大魔法決闘祭」などとも記載されている。
 しかも詳細も見れば、確かにアメリアの言う通りの文言も記されているのだ。

「国一番の魔法使いを決めるトーナメント、『エルダーワン・トーナメント』に憧れて魔法使いになったんだよ? そりゃあ、魔法学院を卒業したとか、国の公式免許はないけどさ、実力なら確かだよ!」

 呆れ顔の面々の様子など構わず、アメリアは大げさなほど鼻を鳴らして、胸を張った。

「ボク達はいずれ国中で有名になるほど強いんだからね! 『砲撃魔法使い』のアメリア・イグザクスとその幼馴染、『錬成魔法の達人』ニーナ・エンデってさ!」
「アメリア……大声で私の名前、叫ばないでよぅ……」

 どうやらこの二人は、張り紙に書かれた『エルダーワン・トーナメント』に参加するために、サタナクアまでやってきたようだった。しかもアメリアもニーナも、このイベントに出るということは、『魔法使い』であると察せる。
 しかも片方は、厄介なことにクレーマー気質らしいのだ。