フラウロンの街はかなり大きいが、商業施設や人の多い地域は一部に固まっているらしく、闘技場まで行くのもそう時間はかからなかった。
 闘技場は目の錯覚を疑うほど巨大で、やはり衆人がこれでもかと集まっていた。いかにも魔法使いらしいローブを羽織った者、見物人、そういった人々向けの露店など、商店街からやや離れているはずなのに、そこと同じくらいの活気で溢れていた。

「うーわ、近くで見るとやっぱり大きいね、『大魔法闘技場』……」

 地元の村の面積とそう変わらない巨大さを目の当たりにして、アメリア達は息を呑んだ。

「エルダーワン・トーナメントはここで開かれるのか?」
「うん、第一予選の試合は全部闘技場の中でやるんだって。開会式は今朝終わったみたいだけど、それでもこの人だかりって、やっぱり凄い規模の大会なんだね」

 開会式に興味がない様子を見ると、やはりイベントに参加することよりも、戦って自らの価値を国中に証明することに重きを置いているようだ。
 そんなわくわくした調子のアメリアの隣で、ニーナはまだ委縮した様子だった。

「うぅ、やっぱり皆の視線が痛いよぉ」
「仕方ないよ。こんなに目立つ奴がいるんだもん」

 アメリアとニーナの視線の先には、海賊の格好を貫き通すヴァルカン。
 金色の髪も、男より高い背も、亡霊の如き出で立ちと比べれば何もかも地味だ。

「どうして俺を見る」
「その服と髪型が奇天烈だからだよ。さてと、掲示板はっと――」

 奇天烈、と言われたヴァルカンが「そうだろうか」と言いたげに自分の髪をいじり、上着とズボンを引っ張っている横で、アメリア達は闘技場の入口まで向かった。
 半周するまでもなく、入り口は二十歩ほど壁に沿った先にあった。そしてアメリアの目当てでもある、宿の壁ほどもある大きな鉄製の掲示板も張り出されていた。もちろん、珍しさだけでこれを見に来たわけではない。

「――あった! 試合日程、全部表示されてるよ!」

 掲示板に橙色に光る文字で表示された、トーナメントの試合日程を見るためだ。
 人ごみを押しのけたアメリアとニーナ、そしてやや服装を気にしながらついてきたヴァルカンの前には、凄まじい数のチーム名が記されていた。これから、このチームすべてを押しのけて頂点を目指すのだと思うと、二人は自然に肩に力が入った。
 ただ、ヴァルカンだけは、掲示板そのものが気になっていた。というのも、そこに表示された文字は淡く光り、浮かび上がっていて、掲示板よりも広く映し出されていたのだ。

「板よりも文字の方が広く記されているな。これも魔法か」
「うん、さっき言った、魔法を使ったアイテムだよ。張り出した紙や情報を拡大して、空中に表示してくれるんだって。この前、ニーナが教えてくれたんだ」

 ヴァルカンの問いに答えながら、アメリアは自分達のチーム名を探す。
 アメリア、もしくはイグザクスという文字列を探していた彼女だが、なかなか見つからない。ニーナかとも思ったが、やはりそういった文字はない。

「あれ? ボク達のチーム名はどこに……あーっ!」

 どうしてかと考えるアメリアは、忘れていた過程を、大声と共に思い出した。
 そしてヴァルカンをきっと睨むと、自分達のチーム名を指さして怒鳴った。

「ヴァルカン、何さあれ! 『ヴァルカン・ファミリー』って!」

 そう。書類を提出したヴァルカンは、自らのチーム名を二人に一切伝えず、『ヴァルカン・ファミリー』として提出していたのだ。
 彼女は自分の名を知らしめるべく、チーム名は『イグザクス・ファミリー』にすると決めていた。いくら昨日はトラブル続きだったとはいえ、彼女がこんな勝手を許すわけがない。
 襟首を掴まれて体を揺らされるヴァルカンだが、彼は彼で、悪いとは思っていない。

「何もおかしなことはない。キャプテンの名前を冠するのは普通だ」
「アメリア、名前くらい別にいいと思うんだけど……」

 ヴァルカンを庇うニーナに、アメリアは火を吹く勢いで口を大きく開いた。

「駄目だよ! ボクとニーナの名前を広めるんだから、もっと分かりやすい名前にしないと! 早速サタナクアに戻って、案内所で修正してもらって――」

 人目もはばからずに騒ぎ立てる三人から、次第に有象無象が嫌な顔をして離れてゆく。
 ただ、不思議なことに、そんな面々に近寄ってくる人物がいた。

「――その必要はないな。お前らは今日、心が折れてリタイアする運命にあるんだからな」

 高圧的な、どこかで聞いた声と共にやってきたのは、三人組の男だ。
 思わずアメリアもヴァルカンへの威圧をやめ、彼と幼馴染と一緒に、声のした方を見た。少しばかりの沈黙を経てから、三人は顔を見合わせて、互いに疑問を投げかけた。

「……誰? ヴァルカン、知ってる?」
「知らない」

 三人組の男達は、見事にずっこけた。

「し、失礼だよ、二人とも! あの人だよ、案内所で……」

 ニーナが唯一覚えていなければ、彼らは今も転んだままだっただろう。

「ああ、マザコンか」
「誰がマザコンだ! 俺はタリオン! 案内所でお前達に決闘を挑んだタリオンだ!」

 やっと思い出したらしいヴァルカンに向かって叫ぶのは、総合案内所でヴァルカンとひと悶着を起こした自称エリート魔法使い、タリオンとその仲間達であった。
 撃ち抜かれた足やぶつけられた頭、砕かれた手首は魔法治療のおかげで回復しているようだが、完全ではないのか、まだ一部に包帯を巻いているのが見える。
 その傷でアメリアもようやく思い出したのか、手を叩いて一人で納得していた。

「クソ、馬鹿にしやがって……まあいい、軽口を叩けるのも今だけだ」

 苦々しい顔をしていたタリオンだが、今回はすぐに冷静さを取り戻した。

「今日はお前達に、残酷な現実を教えに来てやったのさ。対戦表を見たか? 今日の午後、第三試合にお前達と俺達『タリオン魔法遊撃隊』がマッチしてるんだよ」
「どうしてそれが、リタイアに繋がるのさ」
「分からないのか? だったら、今回も理由を説明してやる」

 わざわざ寄ってきておいて説明までするというのは、もしかすると彼らは構ってほしいだけではないのか。ニーナは勘づいたが、あえて何も言わなかった。
 なので、タリオン達の自慢話を止める者は、誰もいなかった。

「一つ。これから始まるのは、昨日のような不意打ちも許されない正真正銘の決闘だ。ついでに言っておいてやると、参ったと言えば決着はつくが、その前に魔法が放たれてお前達が死のうと、俺達は罪に咎められない。なんせ決闘だからな」

 タリオンは雄弁する。仲間達は頷きながら、自分達の強さを自賛する。

「二つ。俺達『タリオン魔法遊撃隊』は、三人全員が戦闘のプロだ。大魔法学院を優秀な成績で卒業し、対魔法犯罪のスペシャリスト、『魔法警邏隊』にもスカウトされた実績のあるエリートだよ」

 周囲の人々は、彼らの功績を聞いて、成程凄い連中だと感心する。

「周りの反応を聞けば、俺達がどれほど凄いか嫌でも理解できるだろ? つまり、これからお前達は、勝ち目のない相手に挑むのさ。これが、リタイアする運命とその理由だ」

 ふん、とこれ以上ないほどタリオンは自慢げに鼻を鳴らし、心の底から敵を見下した。
 仲間達も彼を賞賛し、敵は心底おののくだろうと信じていたが、肝心のヴァルカン達はというと、微塵も興味がなさそうなスナギツネのような顔をしていた。

「……ヴァルカン、どう思う?」
「興味がない」

 ヴァルカンの目はどこまでも冷めていて、心底無関心だというのがよく分かった。