翌日、三人は陽が昇ってから宿を出て、サタナクアから東に出発した。
 一同が目的地としているのは、サタナクアの隣にある街。宿からそう遠くないどころか、歩き始めて十分か十五分ほどで、彼らは街同士をつなぐ門をくぐった。
 そこはエルダーワン・トーナメントの主催地となる区域。開催されている間は、時に帝都よりも賑わい、最も人の行き交いが多くなるとすら言われる、国で二番目に大きな街だ。
 そんな場所に足を踏み入れたアメリアとニーナは、門の内側で、思わず茫然としていた。

「……凄い……」
「――凄い、すごいよ、『魔法の街』フラウロン! すごすぎるよーっ!」

 二人の呆けた顔は、アメリアの歓喜の声で、たちまち好奇心へと変わった。
 『魔法の街』――フラウロンは、露店と商店、様々な施設と人でごった返していたのだ。

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、魔法薬学の定番素材、ドクトカゲの粉末が二十ワルドだよ! 袋いっぱい買ってくれた人にはおまけもしちゃうよ!」

 右を見れば、魔法に使うアイテムをこれでもかと抱えた行商人。

「今月発売したばかりのローブですよー! あのローブデザイナー、モン・サンミシェーがデザインした逸品! 耐久性も魔法吸収性もダントツです!」

 左を見れば、金持ち御用達らしい豪奢なブティック。

「火魔法を使った料理はいかがかね、フラウロンでしか食べられないぜ!」

 少し奥まった方を見れば、露店で口から火を吹いて肉を焼く料理人。
 そしてさらに奥には、エルダーワン・トーナメントの舞台となる、サタナクアの総合案内所の何十倍も大きな石造りの円形闘技場が鎮座していた。
 それだけではない。金属で組み上げられた人型の人形が動き、車輪のついた本棚が本屋を走り回り、羽もないのに人がふわふわと宙を舞ってビラを配っている。
 これがフラウロン。人がただ集まるだけのサタナクアとは違い、まぎれもなく栄えている街であるのは、田舎出身のアメリア達から見ても一目瞭然だった。それこそ、異質な格好のヴァルカンが目立たないほど、ここは人の往来が多いのだ。

「どこもかしこも魔法、魔法、魔法だらけ! こんな光景、よそじゃ見られないよ!」

 ヴァルカンが冷めた目で街を見ている傍で、二人の気分はすっかり高揚していた。

「まるで夢の世界みたい……あれは構築魔法で組み立てられた人造召使(ゴーレム)、あっちは全自動魔法書庫! 自分について回って、好きな本を開いてくれるんだって!」
「ねえ、アメリア! ちょっとだけ、あの店に寄ってきてもいい? もしかしたら、魔法武器について書かれてる本がたくさん置いてあるかも!」

 特にニーナは、いつもの顔つきが嘘のように明るくなって、待ちきれないとばかりにその場で足を踏んでいた。まるで、主人からダッシュの命令を待つ大型犬のようだ。

「いいよ。試合会場までは急がないしね」

 アメリアが言うと、ニーナは一層顔を明るくして、三つ編みを靡かせて走っていった。
 ぼさぼさの髪を掻くヴァルカンは、そのさまに驚きを隠せないようだった。

「随分と活発だな」

 感情を少しずつ出してくる彼を見るのが楽しいのか、アメリアが振り返って笑った。

「そりゃあ、こんなのを見せられてテンションが上がらない方がどうかしてるよ! まあ、それを差し引いても、ニーナは魔道具や魔法武器が大好きなんだよね」
「魔道具?」
「専門職の魔法使いが作った発明品とか、日用品とか、そういうのだよ。ニーナは本の虫なんだけど、魔法を使って何かを作るのとかも好きなんだ。魔法工技って言うんだって……自分が組み立てた槌だとか、鋏だとかをよく持ってきたなあ」

 槌に、鋏。どこか物騒に聞こえるが、そういう類のアイテムを造るとなると、そのあたりの日用品が初歩となるのかもしれない、とヴァルカンは思うことにした。

「そんなものを、魔法で作れるのか」
「もちろん! だって、ニーナはボクと同じくらい……あれ?」

 話を続けようとしたアメリアだったが、不意に遠くから寄ってくる影に気付いた。

「……ただいま……」

 近寄ってくる相手がニーナだと気づくのに、ヴァルカンは少しだけ時間を要した。
 というのも、彼女は本屋に走っていった頃の陽気な顔とは違い、まるでこの世の終わりを目の当たりにしたかのように沈んだ面持ちで帰ってきたのだ。高い身長も今では見る影もなく、ニーナは猫背気味に友人の肩にもたれかかってしまった。

「どうしたの、ニーナ? なんか随分暗いけど?」

 アメリアの蒼く大きな目に、ニーナのしょげ返った顔が映った。

「……私、さっきからずっと、白い目で見られてるのに気づいちゃって……」

 潤んだ瞳と目が合い、顔を上げたアメリアも、彼女の沈痛の理由を察した。
 全員とは言わないが、白い目でこちらを見る人がいくつかいる。ひそひそ話をしている者もいるし、指をさす者もいる理由に気付かないほど、アメリアも無頓着ではない。

「あー、なるほど。昨日、案内所で起こしたトラブルの噂が、ここにも広まってるのかな」

 きっと、サタナクアでの騒動を聞いた連中に違いない。
 ニーナはしょげ返っているが、アメリアとヴァルカンは何とも思っていないようだった。

「気にする必要はない」
「そうそう、こういうのは気にしないのが一番だよ。さ、行こ行こっ!」
「う、うん……」

 アメリアに慰められ、ニーナは二人の後ろについて歩き出した。
 少し冷たい視線にちくちくと刺されながら一同が向かうのは、エルダーワン・トーナメントの舞台となり、しばらく最も人の集まる場所となるであろう、巨大な施設。
 魔法使い同士が鎬を削る、円形の魔法闘技場だ。