どこからそんな音が聞こえたのだろうか、と周りの人々はきょろきょろと案内所中を見回す。アメリアやニーナ、タリオンの仲間や受付嬢、スタッフ達ですら、何が起きたのかを理解していないようだ。
 ただ、タリオンだけは、自分に起きた妙な異変を、じわじわと感じ取っていた。
 煙の少し焦げ臭いにおい。じんじんと足から伝わる熱。

「……あ、あ……?」

 それが何であるかを察したタリオンは、恐る恐る自分の右足を見た。そこにあったのは、いつもと変わらない高級なズボンと、お小遣いをはたいて買った革の靴。
 ――そして、撃ち抜かれて風穴の空いた足の甲だった。

「あ、ああ、足がああああぁぁぁッ!?」

 気が狂ったような絶叫と共に、タリオンは倒れ込んだ。
 ヴァルカンが解放されたのと同時に、人々は彼が何をしたのかを悟った。彼の左手には、まだ煙を銃口から立ち上らせているフリントロック・ピストルが握られていたのだ。

「あがっ、あ、だ、誰か! 魔法救急隊を、呼んで、呼んでくれえぇ!」
「お、おい、マジかよ!?」
「ピストルだ、あれでタリオンを撃ったんだ!」

 タリオンの仲間達が彼に駆け寄り、ピストルを指さした。魔法使いやそうでない住民、受付嬢すら悲鳴を上げて、ヴァルカンの周囲から散っていった。

「ペンダントは俺の仲間の形見だ。気安く触れるな」

 人を撃ったとは思えないほど、ヴァルカンは冷静だった。まるで、人を何度も撃っていて、もし殺してしまっても、日常茶飯事でさほど気にする事柄でもないといった態度だ。
 のたうち回るタリオンを見もせず、ペンダントを服の内側にしまうヴァルカンを、当然アメリアとニーナも凝視していた。

「アメリア! ヴァルカンさんが、あの人を!」
「……撃った、ね……!」

 絶句するニーナの隣で、アメリアは自分の甘い考えを早くも後悔し始めていた。
 これまで彼女は、ヴァルカンが、見た目こそ異常だが中身はまともであると思い込んでいた。相手を挑発しても、それ以上の行為には及ばず、自分の想い通りに物事を運ぶ策士の人間であると考えていた。
 しかし、そんなはずがなかった。タリオンをノータイムで撃ったヴァルカンは、間違いなくアメリアが人生で見て来た人間の中でも、最も気狂いであると言えた。
 こんな人間とチームを組んで、果たしてどうなるのか。
 そう考えただけで、アメリアは冷や汗が止まらなかった。

「行くぞ。決着はついた」

 茫然とするアメリアを置いて、ヴァルカンは蹲るタリオンの隣を通り抜けた。ピストルをズボンに挿し、飛びのく人でできた一本道をすたすたと歩いてゆくのだ。

「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」

 慌てたアメリアが、ニーナの手を掴んでヴァルカンについて行こうとしたが、彼の言葉に反応したのは仲間だけではなかった。

「そうだ、待てよお前ら! このままタダで帰すと思うなよ!」
「痛だっ!」

 残されたタリオンの仲間のうち、一人が仕返しとばかりにアメリアの後頭部を殴りつけたのだ。当然、ニーナが目を見開く前で彼女はつんのめった。

「どうして撃った張本人のこいつじゃなくてボクを殴るのさ、この野郎ッ!」

 振り返った彼女の表情は、殴られた痛みや恐れよりも、怒りが勝っていた。
 アメリアはぐっとこぶしを握り締めたかと思うと、タリオンの仲間の顔めがけて掌を開き、翳した。最初は何も起きず、相手も首を傾げていただけだった。

「どっぎゃあああ!?」

 ところが、いきなりアメリアの掌から光が放たれたかと思うと、男は思い切り後ろに吹き飛んでしまった。その勢いは突き飛ばした程度ではなく、彼はカウンターに体を強く叩きつけられたかと思うと、その場でじたばたとのたうち回った。
 そんな男のさまを見て、アメリアは後頭部をさすりながら大げさに鼻を鳴らした。

「フン、ちょっとは反省した? さっきも言ったでしょ、ボクは魔法使いだってね!」
「……今のは……」

 物音に振り返ったヴァルカンが少しだけ驚いた顔をしているのを見たアメリアが、歯を見せて笑った。

「ボクの十八番(おはこ)、『砲撃魔法』さ。詳しくは今度、説明してあげるよ」

 海賊を相手に不敵に笑ってみせる少女など、今まで見たことがなかったのか、やはりヴァルカンは目を丸くした。だが、どこか納得したような顔つきになると、再び出口に向かって足を進めていった。
 さて、タリオンの仲間は一人となったが、ここで引き下がるような人間ではないらしい。

「この、舐めやがって!」

 懲りずに手を挙げた男に対して、今度はニーナが動いた。彼の手首を掴み、震える手でアメリアに手を出させまいと、必死に抵抗した。

「や、やめてください! アメリアに、手を出さないでくださいぃ!」
「なんだテメェ、離しやがれ……」

 たかが女の腕力と高を括っていた男だが、たちまち顔色が悪くなった。

「……い、痛でええ!? 折れる、折れるうぅ!?」

 なんと、ニーナの腕力に圧し負けて、その場にへたり込んでしまったのだ。