「よし。気合い入れるぞ」

 先に店の中に入ったレディを、これ以上待たせる訳にはいかない。というか、ぐずぐずしていたら、さっきの赤くなる頭痛攻撃を、またしてきそうだ。

「お前の彼女の事だろ? ちゃんと白黒つけろよ!」

 うなだれているタクヤを突き放すように言う。
 元気がでないのは分かる。でも、今はそんな時じゃないだろう? 色々な疑問を解決して、それから悲しみの淵に落ちればいい。もしかしたら、予想と違う結果が待っているかも知れないのだ。

「そうだね。取り敢えず、色々聞かないとね」

 タクヤがようやく顔をあげる。

「そういうこと。よし! じゃあ気合い入れろ!」

 勢いよくメルヘンチックな扉をあける。
 店先に看板が出ていたな。

《メイド喫茶 突貫工事》
 
 ふっ。ぐらいだな。
 今のテンションだと、これぐらいだ。
 今日は、しょうもないことには突っ込まないと決めたんだ。

 白を基調とした店内は、欧風雑貨が多数設置されており、まるで外国へ遊びに来たようだった。電気街の薄汚れた雰囲気とは一変する。
 フリフリのメイド服姿の店員さんが数人、店内を忙しく飛び回っており、俺達を見付けると、お帰りなさいませ、と声をかけてくれた。

 ところで、静ちゃんはどこだ?
 すごく繁盛しているのね……。この店。
 
 太った男がやたら多い気がするが、そいつらが縦横無尽に歩き回っているもんだから、静ちゃんが行方不明だ。

「いたいた、あっち」

 タクヤに袖を引っ張られて、ようやく見付けることが出来た。奥の白い四人がけのテーブルに、ちょこんと座ってこっちを見ている。
 静ちゃんを中心に、立入禁止のバリケードが設置されているかのように、その辺だけ誰も居なかった。

 黙って席につくと、静ちゃんがメニューを手渡してきた。選べということらしいが、正直なんだっていい。何か頼まないと話が進まないのなら、コーヒーでも頼む事にしよう。

「すいません。注文お願いします」

 誰も店員のメイドさんを呼びつけないので、仕方なく俺が声を張り上げる。すると、黒髪ロングのお姉さんメイドが、太った男どもを掻き分けながら、近づいて来てくれた。

「何に致しましょうか? 旦那様」

「ええっと、コーヒーを」

 と言いながら、静ちゃんをみる。
 それでいい、という風に頷いている。
 タクヤは何でもいいだろう。勝手に俺が決めてしまおう。

「じゃあ、コーヒーを三つ下さい」

「コーヒーを三つですね。はい! どうぞ!」

「えっ? はや!」

「突貫ですから!」

 メイドさんが親指を立てている。
 言いたいだけなんだろう。
 どや顔で、突貫ですって、言いたいだけなんだ。
 俺が静ちゃんの注文を確認している時に、二人目のメイドさんが、すでに後ろに構えていたもの。

 行儀の悪い音をたてながら、コーヒーをすする。
 甘党の俺は、いつもは砂糖をたっぷり入れて飲んでいるが、砂糖の入れ物が静ちゃんの手の届く範囲に置いてあって、それ取って、の一言が言えないでいた。
 だけど、砂糖なしでも旨かった。
 ちゃんとしたコーヒーなんだろう。
 
 ところで、静ちゃんも飲んでいるのだろうか?
 顔を上げて確認してみて、思わずコーヒーを吹き出してしまった。タクヤも一緒だ。ぶー、と口から茶色い液体を空中に巻き散らかしている。

「お前ら、まじか?」

 コーヒーまみれになったアストラさんが、俺達を睨んでいる。噛み締めた口から、牙らしきものが覗いていた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 俺達がユニゾンで必死に謝るのを聞きながら、アストラはおしぼりで顔を拭いている。
 だって、いきなり変身してるんだもん。
 そりゃ、誰だってびっくりするでしょうよ。

 他の客達は気が付かなかったのだろうか。
 銀色の髪だけでも、充分目立つはずだが……。
 
 どうやら、ショートヘアーのメイドさんが中心となって、ジャンケン大会が開催されているようだ。
参加料金は千円ぽっきりと、ホワイトボードに書いてある。そして、優勝賞品はほっぺにちゅー。

 男どもよ。本当に幸せか?
 この搾取される不条理な現実を、受け入れてしまっているのか? お金を払ったほっぺにちゅ~に、何の意味があるというのだ!

 まあ、いいわ。
 アストラには気が付かなかったんだな。
 では機嫌よく、ジャンケンを楽しんでくれ。

 ジャンケン大会は大盛り上がりだ。
 うるさく感じる奇声もまじる。
 とても落ち着いて話せそうな雰囲気ではなかった。

「ウジ虫ども静にしろ! 全員死にたいのか!!」

 アストラが一喝すると、し――ん。っていう音が聞こえそうなぐらいの静寂がくる。
 少しして、この人すごいな。と思ったのだが、ショートヘアーのメイドさんが、小声でジャンケン大会を再開し始めた。
 死んでも参加料は返さないという強い意思を感じる。 ……一体何なんだこれ。

 店内が落ち着くのを確認して、アストラは俺を見た。瞳の色が赤い。しかも、ユラユラと揺れて炎のようだ。

「で、確か……。ここに住んでいるのか? だったかコウタ」

「そ、そうだよ」

 アストラの容姿をされていると、非常に話しづらい。静ちゃんに戻ってくれないかなぁ……。

「他人の彼女の住まいを聞いてどうする気だ。変態か貴様は? 犯罪予備軍か?」

 いやいやいやいや。
 どっちかって言うと、お前の彼氏の方が、遥かに犯罪予備軍だよ!
 というか、成立しているのか? この二人の恋人同士という関係は?
 今の発言では、アストラはタクヤの彼女だって認めているよな。

「お前のくだらん質問に、答える気になれんな」

 言いながらアストラは腕を組んだ。これ以上は話さないというのが伝わってくる。

「ぐっ……」

 こんだけ引っ張って、答えはなしかよ。
 まあ、いいわ。
 俺が聞きたかったのは、お前はこの世界に存在しているのか? て事だ。初めての出会いがゲームの中だったから、アストラがゲームから抜け出して来たような錯覚を覚えた。そこで頭が混乱したらしい。
 だけど、別に答えを聞くまでもない。
 吸血鬼アストラは、この世に存在するのだ。
 
「瓦町駅前のワンルームだよね。静ちゃん」

 黙っていたタクヤが声をかけると、苦虫を噛み潰したような顔をしてアストラが答えた。

「タクヤ君。こいつの前で、そういう事は言わないでほしい」

「あ、ごめん。静ちゃん……」

 俺はひょっとして邪魔者かしら?
 二人で話をしてもらって、簡潔にまとめられたレポートを後で提出してもらおうか。

「ゾンビーゾンビーというゲームがあるんだ。知ってる?」

 すごく言い出しにくそうに、タクヤがアストラに訊ねる。目の前の女性は、静ちゃんの面影を残してはいるが、もう俺達の知らない女性なのだ。

「知っているよ」

「そこに静ちゃんが出てくるんだ。どういう事か教えて欲しい」

「………」

「言えない?」

 アストラはじっと俺を見ている。
 まるで席を外せと言わんがようだ。
 どうせ、離れようと思っていたところだ。タクヤを一人残すのは心配だが、様子は遠目に確認しよう。

「コウタも一緒に聞いてもらいたい」

「わかったよ。タクヤ君。じゃあ、こいつも一緒でいいよ」

 お前達の悪いところは、三人目の意思を尊重しないところだ。俺が居ないほうが、絶対話が進むって。
 逃げたりしませんから、ジャンケン大会に参加してきてもいい? 飛び入り募集中なんだけど……。

「私はゾンビーゾンビーの管理人だ。ラスボスでもあり、ゲームマスターでもある。ゲームルールが破られそうになると、守らせるのが私の仕事」
 
 凛とした表情で、アストラは自分の正体を語りだした。
 なるほど。
 ラスボス兼ゲームマスターか。
 しかし、吸血鬼が管理しているゲームだったとは。
目の前にアストラがいなかったら、とても信じられない話だ。

 アストラは俺にだけ厳しく接してくるので、挙手して発言の許可をもらおうと思った。

「先生。質問いいでしょうか?」

「誰が先生だボケ。次に手を上げたら殺す」

 挙手すると、先生と発声してしまう。
 学生時代は、結構優等生だったんだ。質問しまくりで、授業が俺のクラスだけ遅れていたんだよ。
 そんな俺に、ボケだなんて……。
 しかもアストラさん。段々俺に対して、当たりが強くなっていないか? もう、その辺のチンピラみたいなんだけど。

 アストラが俺の発言を面倒くさそうに許してくれたので、思いきって発表させて頂く事にした。

「じゃあ、今こうやって現れたのは?」

「お前らが警察に行こうとしたからだ」

「でも、そんなルール、俺達は聞いてなかったよな?なあ、タクヤ。そうだよな?」

 俺単体だと、ボロクソ言われるので、なるべくタクヤを絡めていく。何がどうなって、タクヤと吸血鬼が付き合うことになったのかは知らんが、使えるものは使っていく。それが俺のスタイルだ。

「コウタよ。お前は面倒くさい奴だと思っていたが、やはり間違ってはいないようだな。私が犯したうっかりミスを、タクヤ君の前で責めよって! まじでお前だけ血を吸ってやろうか?」

 アストラが立ち上がったので、俺は慌てる。

「ちょいまった! そ、そうだ。血を吸われたら、ゲームが出来なくなるんじゃない? それはルール的にオッケーなの?」

「私が管理人だからオッケーにする」

「いやいや、平等に扱ってよ! 分かりました! もう言いません!」

「静ちゃん、やっぱり血を吸うんだ」

 ポツリとタクヤが言う。
 アストラが身動きを止めてしまった。

「私だって、食べないと死んでしまう」

 テーブルの端の方を見ながら、消え入るような声でアストラが呟いた。

 暫く沈黙が流れたあと、息苦しくなった俺は咳払いをする。我に返ったアストラは厳しい口調で続けた。

「これは私からの忠告だ。ゲームは続けろ。理由は金曜日になればわかる。あとの情報は自分達でかき集めるんだ。それがMMOなんだろ?」

 長い銀髪が空間に舞い上がる。美しい微笑みを見せたかと思うと、一瞬で静ちゃんの姿に戻っていた。

「それじゃ、タクヤ君。明日も必ず出社してね」

 そう言い残して、颯爽と店を出ていった。
 普段通りに過ごせと、釘をさしていきながら。

 なあ、静ちゃん。
 君はやっぱり、うっかりさんだ。

 伝票忘れてる。
 おごってくれるって言ったよねー!