Side ナナ


「うー、届かない……」

ワンルームのキッチンで、頭上にある戸棚に手を伸ばす。
ストックの紅茶を取りたい。けど私の手は届かない。

148センチの身長を呪う。
子供の頃からいっぱい牛乳飲んだのに背は伸びなかった。ママのうそつき。

こんなとき、ツカサくんがいたら――180センチの彼ならひょいと取れるはず――

ハッと我に返って首を振る。
考えちゃだめ。もうツカサくんはうちに来ない。さよならしたんだ。

彼に頼ってばかりじゃだめだ。
横着しないでイスを持ってくればいいだけだ。
ほら、紅茶取れた。楽勝、楽勝。

マグカップに紅茶を注いでミルクを足す。
飲みながら私はぼんやり考える。


ツカサくんの連絡先、まだスマホに残ってるんだよなぁ。
だって同じ大学の同じ学部だし。おまけに学籍番号が隣で、所要でやり取りするかもだし。

お互いのおうちに忘れ物があって連絡が必要かもしれないし。
現にうちには彼の部屋着用のTシャツがある。私が用意したものだから彼は要らないかもだけど。

あとは、あとは、だって、わざわざ消さなくたっていいし。
一切連絡しなければ、連絡先知らないのと大して変わりないもの。

最初からないものと思えばいいんだ。
連絡先も、二人の出会いも、一緒に過ごした日々も――。


そのとき、スマホが鳴った。
ドキッとする。まさか?

開くとスケジュールの事前通知だ。なんだ……。
いやいや何を期待したんだ、自分。一切連絡しないとさっき誓い直したばかりだ。

スケジュールは来週の美容院の予約のお知らせだった。
私は部屋の姿見の前に立つ。
ふわふわのミルクティーベージュの髪の束をつまんで、

「だいぶ傷んでるな……」

手元のネイルもハゲかけている。
ネイルサロンの予約を入れなきゃ。

スマホに手を伸ばすも、その動きが固まる。
『入れなきゃ』?本当に?

髪もネイルも、彼の好みを目指してきた。
そしてその努力は、もう必要なくなったのだ。

壁のハンガーには一張羅の花柄ワンピースがかかっている。
デートに一度着たきりだ。ツカサくんに、またそれ着たの?と言われたくなくて二度目以降のタイミングがつかめなかった。

「考えすぎ……だったよね」

彼に好かれたくて、いっぱい考えて考えすぎて、風船みたいに破裂してぺしゃんこになった。
私って、バカだなぁ。