「怖気づいてんのか?」
「やっぱり貧乏くじだったな」
靴底がガラスを踏む音がした。声も近づいてくる。
これ以上、接近されたら潰される。
雨宮は即座に立ちあがった。周囲に視線を這わす。
カフェテリアのテラス席。四人の青年が立っていた。
素早く銃を構える。狙うのは心臓の一点のみ。躊躇なく引き金を引く。
破裂音が鼓膜に響く。
銃弾は全て命中した。四人の心臓に一発ずつ。
だが彼らは倒れなかった。血の染みを作った傷口がらぽろりと銃弾が落ちる。
(再生が早い)
雨宮は引き金を引く。
感染者には強い治癒能力がある。だが、急所を狙っても無効化する回復の早さは異常だった。
不老不死に近い、人ならざる境界線。それが進化なのか退化なのか、あるいは別なものへの変異なのか、雨宮にはわからなかった。
「そんなの効くかよ!」
男のひとりが襲いかかる。心臓と眉間を撃っても止まらない。
「弱いヤツは死んじまえ!」
腕が雨宮の腹部を貫通した。
雨宮は奥歯を噛みしめる。痛みよりも噴き出す鮮血の方が不快だった。
油断していたわけではない。雨宮の予想よりも敵の身体能力と再生力が異様に高い。人数が多いことも災いした。多数を相手にするのに銃では相性が悪かった。
震える手から銃が滑り落ちる。カシャンッと音がする間にも、雨宮は後ろ手に腰のベルトを触れた。
「うわ」
「杉山。おまえ、後先考えろよ」
「わーかってるよ。いちいちうるせえな、青木」
青木をはじめとする男たちの関心は薄い。
大量の出血でも服が汚れたぐらいの発想しかない。つまり食事には不便をしてないのだろう。
軽く嫌悪感を覚える。感染した時点でウイルスによる実行支配がはじまる。例外はない。強い生存本能によって血への渇望が強くなる。自我も理性もなくすものもいる。それでも中には抗って血液を摂取することを拒む者もいるというのに。
たやすく他者を傷つけ、一切の罪悪感を抱かない。
ウイルスが体内に入れば人格が侵食される。感染前はどんな善人でも、別人のように変わると知っていても。
雨宮は納得できなかった。出血によって力の入らない指先を強く握り込む。
貫いた腕が引き抜かれる直前だった。流れる血を掬って投げつける。杉山と呼ばれた男が叫ぶ。
「うわッ!」
「バーカ。油断してっからだよ」
顔面を覆う杉山の姿に仲間たちの笑い声が響く。
その油断が命取りだった。
腕から解放された雨宮は渾身の力で男たちに詰め寄る。すばやく青木の胸に拳を叩きつけた。
「は?」
殴られた青木はぽかんとした表情を浮かべる。胸には携帯用の注射器が突き刺さっていた。赤黒い薬液が注入される。
雨宮の動きは止まらない。
残りふたりにも首と肩を打ち据える。触れた部分には注射器が突き刺さっていた。
「こ、の……ッ!」
とっさに腕で振り払おうとするも、すでに雨宮はいなかった。
ザッと靴底を滑らせて距離をとった。
わずかの間、沈黙が流れる。
肩で息をしている雨宮に対して、青木が興味なさげに呟く。彼が打ち込んだものの正体がわかったからだ。
「なに考えてんの? 血液は俺たちにとっちゃエネルギー源なの。回復を早めるだけだよ」
乱暴に注射器を抜き取って投げ捨てる。筒の部分があっけなく割れた。
ついで浴びた血液を拭っていた杉山が苛立った声をあげる。
「そもそも野郎の血なんかうまくもなんともね……」
ぴたりと動きが止まる。次の瞬間にカッと目を見開いた。
「あ?」
ぶるぶると全身を震わせた。
やがて顔面や手に大量の汗が噴き出す。異変だと感じ始める。全身に流れるどろりとした液体が赤みを帯びていく。
「な……!」
みるみる輪郭が崩れる。真っ赤な液状になって溶けていく。一分も経たずに男は液体と化した。タイルの床に服と一緒に円形に広がる。
「杉山! なんだよ、これ……!」
男たちは青ざめるしかない。何が起きたのか理解できない様子だった。
「見たままだ。察しが悪いよ」
雨宮がそっけなく呟く。
青木たちが気付いたように視線を向ける。
彼の腹部の出血は止まっていた。肩でしていた息も整いつつある。
呆けたように立ち尽くす。
「おまえは……」
「わざわざ教える義務も義理もない」
説明するのは億劫だ。そう言外に滲ませる。実際に対峙する相手全員に伝えたとしたらきりがない。
「『弱いヤツは死んじまえ』」
雨宮がぽつりと呟く。
青木たちの顔色が変わる。いやな予感でも覚えたかのように。
それを知ってか知らずか、雨宮はおもむろに銃を拾いあげた。落下の衝撃での傷がないか確かめる。彼らに目もくれずにさらりと告げる。
「そのままそっくり返すよ。口にしてきた君たちに文句は言えないはずだ」
吐かれた言葉の意味を知り、青木たちの顔から血の気が引いていく。
力が入らなくなって膝をついた。
「そうか、おまえ……!」
「今さら気付いても遅いよ」
ふり向いた雨宮の瞳が赤く燃えていた。まるで怒りに支配されたかのように。
真紅の瞳。【刻印】と同じ、感染者の証だった。
「敵の力量も測れない級外の下種ってとこか。こんなところにしゃしゃり出てきた時点で程度が知れる。どの道、長生きできなかったんだよ。君も仲間も」
淡々と呟きながらも冷たく見下ろす。
「じきに君たちも同じ結果になる」
【Vウイルス】にも致命的な弱点がある。生存本能が極めて高く、同じウイルスであっても共存できない。体内に異なる宿主のウイルスが入ってきた場合、互いに殺し合うからだ。
他にも特徴がある。まだ仮説の段階だが、このウイルスは級のような序列が存在しているらしい。現在、確認されている級は九種類。Hからはじまって一番上がSとなる。この序列は単にウイルスが強いのか宿主への影響が関係しているのか推測の域をでない。ただし、異なる級のウイルスが体内に入った場合、級によって命運が分かれる。例えば、S級のウイルスが支配している身体にC級のウイルスが侵入してきても特に問題はない。S級のウイルスが格下のウイルスを駆逐するからだ。問題はその逆のパターンだった。格下のウイルスを受け入れた肉体ではS級のウイルスは強すぎるという。体内に侵入した途端、細胞が壊死する。全身のあらゆる組織を壊して原型も残らず液状化する。
ウイルスと関わる者なら、ついてまわる危険性。知らないはずがない。知らされずとも感染した瞬間、本能で悟る。
それでも男たちは無様に首を振った。
自身の末路と見比べる。残骸というには惨めすぎた。
困ったような表情で雨宮に視線を送る。知っていながら表情を変えない。こうなることを選んだのは青木たち自身だ。雨宮にできることは何もない。
「そんな……た、助けてくれ」
「治療法がないのは君も知ってるはずだ」
「こんなことになるとは思わなかったんだよ」
「今の君が不可抗力の連続でここにいるとは思えない」
「助けてくれ。許してくれ。何でもするから……」
「許しを請う相手が違う」
悉く突き放す。報復のつもりはない。雨宮は事実を口にしているだけだ。
「お願いだ。頼むから……」
「時間切れだ」
青木がハッと周囲を見渡せば仲間のふたりはすでに溶けていた。
絶望を感じる暇もない。どろりと輪郭が崩れていく。ゆっくりと床へと広がった。
雨宮は液状化した死体を見つめる。
「うッ……」
めまいを起して膝をついた。
息ができない。力が入らない。短時間に血を失い過ぎた。それでも雨宮が思うのは別のことだった。
(流れ出てしまえ、こんな血……すべて。何もかも)
それが何を意味するかわかっていても。
戦う度に襲われる。嫌悪と後悔と死にたいと思う強い感情。このまま心臓をひと突きしたら楽になれるのに。
不快感とともに増していく希死念慮。
ちらりと横目で見る。かつて感染者だった残骸。
(これがなれの果て、か)
いつか自分も辿る道。諦念にも似た心地で見つめる。
雨宮はA級だ。多くの感染者よりは上位だが、S級は別次元の強さだと耳にする。
戦いの中で常に横たわる、生命の危機。けれど、雨宮の末路は決まっている。
彼らのように自我を失って【神機遣い】に心臓を貫かれるか、上位の級の感染者に淘汰されるか。
だったらいっそのこと自分で終わらせたい。
そんな思考が頭をかすめた瞬間、目がかすむ。
視界の中で少女の悲しげな顔がちらつく。今にも涙があふれそうだ。胸が塞がれそうになったと同時に思い出す。
雨宮は奥歯を噛みしめた。
衝動的だった願望を思いとどまる。
まだ死ねない。彼女の無念を晴らすまでは。いや、願いを叶えるまでは。
浅く息をする。二度、三度と繰り返していく内にゆっくりと深く呼吸ができるようになった。
意識的に深呼吸を繰り返していくと徐々に落ち着きを取り戻した。
早く立って穂積と合流しなくては。
今回のケースは別の因子が絡んでいる気がする。素人同然の犯人グループにしては警察との交渉に乗らなかった点が不可解だ。状況としては情報を表に出していない。また強い治癒力を持っていた。単なるウイルスの変異とは考えにくい。偶然だと考えるより、別の可能性を疑った方がいい案件だ。
おそらく穂積も気付いてはいるだろうが、彼は生死に関わらなければ大雑把な判断をしがちだ。近いうちにとんでもないイージーミスをやらかすに違いない。カバーしなけばとばっちりを食うのは確実だった。せめて情報を伝えなくては。
立ちあがろうと手足に力を入れた瞬間、
「相変わらず無様な戦い方だな。雨宮」
背後から声をかけられる。反射的に身体が動く。
銃口を向けようと振り向いた刹那、声が知り合いだったことに気付く。
ガシャンッ!
周囲のショーウインドー全てが吹き飛んだ。
「やっぱり貧乏くじだったな」
靴底がガラスを踏む音がした。声も近づいてくる。
これ以上、接近されたら潰される。
雨宮は即座に立ちあがった。周囲に視線を這わす。
カフェテリアのテラス席。四人の青年が立っていた。
素早く銃を構える。狙うのは心臓の一点のみ。躊躇なく引き金を引く。
破裂音が鼓膜に響く。
銃弾は全て命中した。四人の心臓に一発ずつ。
だが彼らは倒れなかった。血の染みを作った傷口がらぽろりと銃弾が落ちる。
(再生が早い)
雨宮は引き金を引く。
感染者には強い治癒能力がある。だが、急所を狙っても無効化する回復の早さは異常だった。
不老不死に近い、人ならざる境界線。それが進化なのか退化なのか、あるいは別なものへの変異なのか、雨宮にはわからなかった。
「そんなの効くかよ!」
男のひとりが襲いかかる。心臓と眉間を撃っても止まらない。
「弱いヤツは死んじまえ!」
腕が雨宮の腹部を貫通した。
雨宮は奥歯を噛みしめる。痛みよりも噴き出す鮮血の方が不快だった。
油断していたわけではない。雨宮の予想よりも敵の身体能力と再生力が異様に高い。人数が多いことも災いした。多数を相手にするのに銃では相性が悪かった。
震える手から銃が滑り落ちる。カシャンッと音がする間にも、雨宮は後ろ手に腰のベルトを触れた。
「うわ」
「杉山。おまえ、後先考えろよ」
「わーかってるよ。いちいちうるせえな、青木」
青木をはじめとする男たちの関心は薄い。
大量の出血でも服が汚れたぐらいの発想しかない。つまり食事には不便をしてないのだろう。
軽く嫌悪感を覚える。感染した時点でウイルスによる実行支配がはじまる。例外はない。強い生存本能によって血への渇望が強くなる。自我も理性もなくすものもいる。それでも中には抗って血液を摂取することを拒む者もいるというのに。
たやすく他者を傷つけ、一切の罪悪感を抱かない。
ウイルスが体内に入れば人格が侵食される。感染前はどんな善人でも、別人のように変わると知っていても。
雨宮は納得できなかった。出血によって力の入らない指先を強く握り込む。
貫いた腕が引き抜かれる直前だった。流れる血を掬って投げつける。杉山と呼ばれた男が叫ぶ。
「うわッ!」
「バーカ。油断してっからだよ」
顔面を覆う杉山の姿に仲間たちの笑い声が響く。
その油断が命取りだった。
腕から解放された雨宮は渾身の力で男たちに詰め寄る。すばやく青木の胸に拳を叩きつけた。
「は?」
殴られた青木はぽかんとした表情を浮かべる。胸には携帯用の注射器が突き刺さっていた。赤黒い薬液が注入される。
雨宮の動きは止まらない。
残りふたりにも首と肩を打ち据える。触れた部分には注射器が突き刺さっていた。
「こ、の……ッ!」
とっさに腕で振り払おうとするも、すでに雨宮はいなかった。
ザッと靴底を滑らせて距離をとった。
わずかの間、沈黙が流れる。
肩で息をしている雨宮に対して、青木が興味なさげに呟く。彼が打ち込んだものの正体がわかったからだ。
「なに考えてんの? 血液は俺たちにとっちゃエネルギー源なの。回復を早めるだけだよ」
乱暴に注射器を抜き取って投げ捨てる。筒の部分があっけなく割れた。
ついで浴びた血液を拭っていた杉山が苛立った声をあげる。
「そもそも野郎の血なんかうまくもなんともね……」
ぴたりと動きが止まる。次の瞬間にカッと目を見開いた。
「あ?」
ぶるぶると全身を震わせた。
やがて顔面や手に大量の汗が噴き出す。異変だと感じ始める。全身に流れるどろりとした液体が赤みを帯びていく。
「な……!」
みるみる輪郭が崩れる。真っ赤な液状になって溶けていく。一分も経たずに男は液体と化した。タイルの床に服と一緒に円形に広がる。
「杉山! なんだよ、これ……!」
男たちは青ざめるしかない。何が起きたのか理解できない様子だった。
「見たままだ。察しが悪いよ」
雨宮がそっけなく呟く。
青木たちが気付いたように視線を向ける。
彼の腹部の出血は止まっていた。肩でしていた息も整いつつある。
呆けたように立ち尽くす。
「おまえは……」
「わざわざ教える義務も義理もない」
説明するのは億劫だ。そう言外に滲ませる。実際に対峙する相手全員に伝えたとしたらきりがない。
「『弱いヤツは死んじまえ』」
雨宮がぽつりと呟く。
青木たちの顔色が変わる。いやな予感でも覚えたかのように。
それを知ってか知らずか、雨宮はおもむろに銃を拾いあげた。落下の衝撃での傷がないか確かめる。彼らに目もくれずにさらりと告げる。
「そのままそっくり返すよ。口にしてきた君たちに文句は言えないはずだ」
吐かれた言葉の意味を知り、青木たちの顔から血の気が引いていく。
力が入らなくなって膝をついた。
「そうか、おまえ……!」
「今さら気付いても遅いよ」
ふり向いた雨宮の瞳が赤く燃えていた。まるで怒りに支配されたかのように。
真紅の瞳。【刻印】と同じ、感染者の証だった。
「敵の力量も測れない級外の下種ってとこか。こんなところにしゃしゃり出てきた時点で程度が知れる。どの道、長生きできなかったんだよ。君も仲間も」
淡々と呟きながらも冷たく見下ろす。
「じきに君たちも同じ結果になる」
【Vウイルス】にも致命的な弱点がある。生存本能が極めて高く、同じウイルスであっても共存できない。体内に異なる宿主のウイルスが入ってきた場合、互いに殺し合うからだ。
他にも特徴がある。まだ仮説の段階だが、このウイルスは級のような序列が存在しているらしい。現在、確認されている級は九種類。Hからはじまって一番上がSとなる。この序列は単にウイルスが強いのか宿主への影響が関係しているのか推測の域をでない。ただし、異なる級のウイルスが体内に入った場合、級によって命運が分かれる。例えば、S級のウイルスが支配している身体にC級のウイルスが侵入してきても特に問題はない。S級のウイルスが格下のウイルスを駆逐するからだ。問題はその逆のパターンだった。格下のウイルスを受け入れた肉体ではS級のウイルスは強すぎるという。体内に侵入した途端、細胞が壊死する。全身のあらゆる組織を壊して原型も残らず液状化する。
ウイルスと関わる者なら、ついてまわる危険性。知らないはずがない。知らされずとも感染した瞬間、本能で悟る。
それでも男たちは無様に首を振った。
自身の末路と見比べる。残骸というには惨めすぎた。
困ったような表情で雨宮に視線を送る。知っていながら表情を変えない。こうなることを選んだのは青木たち自身だ。雨宮にできることは何もない。
「そんな……た、助けてくれ」
「治療法がないのは君も知ってるはずだ」
「こんなことになるとは思わなかったんだよ」
「今の君が不可抗力の連続でここにいるとは思えない」
「助けてくれ。許してくれ。何でもするから……」
「許しを請う相手が違う」
悉く突き放す。報復のつもりはない。雨宮は事実を口にしているだけだ。
「お願いだ。頼むから……」
「時間切れだ」
青木がハッと周囲を見渡せば仲間のふたりはすでに溶けていた。
絶望を感じる暇もない。どろりと輪郭が崩れていく。ゆっくりと床へと広がった。
雨宮は液状化した死体を見つめる。
「うッ……」
めまいを起して膝をついた。
息ができない。力が入らない。短時間に血を失い過ぎた。それでも雨宮が思うのは別のことだった。
(流れ出てしまえ、こんな血……すべて。何もかも)
それが何を意味するかわかっていても。
戦う度に襲われる。嫌悪と後悔と死にたいと思う強い感情。このまま心臓をひと突きしたら楽になれるのに。
不快感とともに増していく希死念慮。
ちらりと横目で見る。かつて感染者だった残骸。
(これがなれの果て、か)
いつか自分も辿る道。諦念にも似た心地で見つめる。
雨宮はA級だ。多くの感染者よりは上位だが、S級は別次元の強さだと耳にする。
戦いの中で常に横たわる、生命の危機。けれど、雨宮の末路は決まっている。
彼らのように自我を失って【神機遣い】に心臓を貫かれるか、上位の級の感染者に淘汰されるか。
だったらいっそのこと自分で終わらせたい。
そんな思考が頭をかすめた瞬間、目がかすむ。
視界の中で少女の悲しげな顔がちらつく。今にも涙があふれそうだ。胸が塞がれそうになったと同時に思い出す。
雨宮は奥歯を噛みしめた。
衝動的だった願望を思いとどまる。
まだ死ねない。彼女の無念を晴らすまでは。いや、願いを叶えるまでは。
浅く息をする。二度、三度と繰り返していく内にゆっくりと深く呼吸ができるようになった。
意識的に深呼吸を繰り返していくと徐々に落ち着きを取り戻した。
早く立って穂積と合流しなくては。
今回のケースは別の因子が絡んでいる気がする。素人同然の犯人グループにしては警察との交渉に乗らなかった点が不可解だ。状況としては情報を表に出していない。また強い治癒力を持っていた。単なるウイルスの変異とは考えにくい。偶然だと考えるより、別の可能性を疑った方がいい案件だ。
おそらく穂積も気付いてはいるだろうが、彼は生死に関わらなければ大雑把な判断をしがちだ。近いうちにとんでもないイージーミスをやらかすに違いない。カバーしなけばとばっちりを食うのは確実だった。せめて情報を伝えなくては。
立ちあがろうと手足に力を入れた瞬間、
「相変わらず無様な戦い方だな。雨宮」
背後から声をかけられる。反射的に身体が動く。
銃口を向けようと振り向いた刹那、声が知り合いだったことに気付く。
ガシャンッ!
周囲のショーウインドー全てが吹き飛んだ。