「え? え? 華恋ちゃん? どした? ……楠花さんが、亡くなった?」
 緊張で心臓はバックバックしてる。あーやば。不登校こんなとこで効いてるよ。やだなー。
「え、えっとですね。あのー、はい。それで……あ、えー、叔母、亡くなりました。つい昨日。交通事故で。最近、過労で倒れたりもしてなんですけど、まあ、元気になってきて。笑顔、増えてたんです。……居眠り運転で。私を……ね、はい。庇って。危ないって叫んで。……なんで庇ったかな〜。……まあ、それで、あの、えっと……いろいろ、面倒くさいことになりましてですね。手続きとか、叔母は配偶者が居なかったので、私どうすんのって話もあり。……ちょっと水飲んでいいですか」
もうすでに疲れた。やばいってマジ。ごくんと思いっきり水を飲み込んだ。冷たい水がお腹にたまるところまで感じた。お腹冷えたな、これ。
「おお……というか、もう飲んでるじゃねえか。ま、終わったら、続きお願いしますねー」
と、電話から声が。
「あっはい。ありがとうございます。……でー、まあ、幼少期、虐待されてたんですよ、私。はっきり覚えてます。原因他傷行為です。ただ、他に原因があって、それが、その……。……はあっ。すみません。ちょっと。私が、自分を、傷つけるの、好き、で、楽しくて、それで……っ。すみませんほんとに。舌噛みました。痛いなあ。……」
 ああ、くそ。
「……ゆっくりで大丈夫だ」
静かな声音が、真琴とそっくりだなあと思う。
「ありがとうございます。それで……私間接的に人殺したことあるんです。私が両親と上手く行かないなーって不幸アピした、私が好きな女の子。幼稚園児のとき、鬱になって。それでね、あは。まあ、その子もともと、精神的におかしい……あー、まあ、言い方悪いんですけど、おかしかったらしくて。幻覚と幻聴だったらしいです。医者と両親に幻覚と幻聴、否定されてて可哀想で。でも、泣いてたその子を見るのが、とても楽しかったんです。話を聞いたあと、大丈夫だよって言うと、その子、笑顔になったんです。それが楽しくて。あとね、愛してるんです。可愛くて、好きで。だから、私に依存とか、私を一番記憶に残したいっていうか。まあ、シンプル言えば、世間一般で言う、ヤンデレとかメンヘラとか言われるやつ。そんなつもり、ないんですけど。自分の影響で泣いてたその子が笑顔になり、泣いてたその子を更に泣かせることもできる。多分、それが楽しかった。自分が、あの子を笑顔にできるって。弄ばれて、更にそこで、私が不幸だなんだと、マイナスな感情取り込んだら、そりゃ、ね」
一気に話しきった。あの子、が。あまりに不憫だから。深呼吸をして、目を閉じる。あの子の目を思い出す。
「もしかして、好きな女の子って。――琴葉って名前か?」
「ああ、はい。そうですそうです。あー、そういえば叔母に人にそのこと話していいかって確認されたわあ」
あははって笑うと風地さん、黙ってくれてた。それに甘えさせてもらった。笑っていた口元が、無になる。あー、内心でふざける余裕なくなったかー。……仕方ないか。
「……そ、れで。それで……両親、私とその子が仲良くしてたの、知ってて。私、その子がなくなってから、幻覚というか、夢を見るんです。中学生くらいになったその子と、知らなかった二人で、一緒に遊んで、みたいな。あの、え、あ。なんていうのかな。その子の心が、読める……? いや、心が描写された小説を、実写で見てるみたいな。そんなふうに感じたこともあります。んー。伝え方わからないです、すみません。ちなみに、夢の中に出てきた二人、中学で知り合ったんですよね。実際。でー、明らかにその時から私、変わったんですよ。常に微笑が浮かんでました。そうしたら、本当に笑ったとき、わからないじゃないですか。まあ、今でもそうです」
 バクバクしてる心臓を押さえる。
 濁りきった空の下で、僕と君は出会った。魔法みたいに、この言葉を思うと落ち着く。真琴様々だね。
 あの子の姿とか、あの子が自分のことを考えてくれていることに、安心した。夢でも、嬉しかった。他人から理解されなくて悩んでいるのを見て、ああ、自分に依存してくれてるんだって思った。
 たとえ、本当のあの子とは違っても。
 最低だな。
「っ……。すみません。こんな話長くて。忙しいのに。暗い話だし。……で、ですね。不気味だったんだと思います。ストレス発散方法に私を使うようになったんです。こう、ボコボコっと。あ、伝わらないか……ま、本筋とは関係ないんです。で、それでも笑う私に、自傷行為がエスカレートする私に、限界が来たんだと思います。叔母に預けられたんですよ。最後の、ごめんね。愛してたよ。華恋って言った両親の声と顔が、今でも忘れられない。私が、あの子を傷つけて、弄んでいなければ、両親は謝らずに済んだんだ。子供に暴力を振らなくて済んだ。私は、最低だ」
苦虫を噛み潰したみたいな、嫌なことを思い出した、そんな声になってた。
「そんなことは、少なくとも俺から見て、ない。最低だ、なんて言える人間じゃないと思うぜ。俺は、だけどな。それにしても、華恋って、両親がつけた名前だったのな」
 静かで明るい声だった。真琴に似てるなー、やっぱり。兄弟、だもんね。
「ああ、はい。華やかな恋ですね。由来は知りません。……話、戻しますね。ま、それで、叔母に良くしてもらいました。父の妹らしく、『兄と義姉は、自分以外の考えに歩み寄る気がないから、どうしても距離を取ってしまうタイプなの。貴方は貴方よ』と言ってましたね。叔母は凄いこう……優しくて、ナンパ野郎から天使みたいと求婚されてましたね。あー、ナンパ野郎とは会話無しでした。何が天使だ、というか。……まあ、はい。私は、親というより姉といった感覚でした。父と歳が離れてて、当時六歳の私と、三十九歳の父と、二十一歳の叔母といった構図。父と叔母、約十五歳差です。私と叔母のほうが歳近いんですよ。私と父よりね」
また水飲んで。お腹冷えるわー、これ。
「あー、楠花さんなあ。あの人精神的にも若い感覚してたんだよな〜」
分かるわあと言わんばかりに共感された。叔母、近所の人とも仲良かったしなあ。
「……っぇ。え。あ、ああ。すみません、ぼーっとしててコップ落としそうになりました。それでそのまま普通に過ごして。ここらへん、私としては疲労溜まって頭おかしくなってきてますね。で、中二。好きな子ができたんです。私、その時葉海華恋として生活してたので。元の姓知る人、叔母くらいのもんじゃないでしょうか。あ、父が母に婿入りしたんですよ。……っあの……まあ、私、同性愛者だったんですよ。最近流行りの。……不謹慎かあ。あ……あ! もちろん、ほんとに私は同性しか恋愛対象として見れなかったんですけど。好きな子もできて、これで、学校楽しく行けて、人生楽しくなるやあ! って、……おもったんですけど。だめでした。辛くて。人を、傷つけそうで。まー、雨の中ずぶ濡れで、お気に入りの公園でいると、真琴、が、話しかけてきたんです」
あはは。少し、片言になっちゃった。や、笑い事じゃないんだけど。ああ、馬鹿。
「……真琴?」
そりゃ、食いつくよね。風地さんは、真琴のお兄さんなんだから。分かってたけど、あえて言わなかったんだよね。……もう、死んじゃったから。
「はい。前から風地さんのこと、知ってたんですけど。言いづらくて。まあ、ね。それで、他愛もない話したりして。その頃、私不登校になってたんです。あはは。今も、なんですけど」
声が、震えちゃったな。私の馬鹿が。
 すぅーっと、深呼吸して、
「……それで、いつの間にか公園でベンチに座って、話すようになって。そして、救われて。真琴も、救われたって言ってくれてました。……っ。救われてたら、良いんですけど。時期は梅雨でした。昔っから、雨は好きだったんですけど、真琴と会ってから、もっと好きになりました。お兄さんの話……風地さんの話ですね。風地さんのことを話すときは、いつもは口数少なかったんですけど、口数増えて。懐かしさと幸せさと、辛さと苦さを溶かしたような表情で語ってました。いつも、『僕なんかより兄さんのほうが、きっと、今ここにいるべきだったんだ。いや、いるべきなんだ』って。……わた、しは。私は私よりも、真琴のほうが、今ここにいるべきだと思ってます。……っああ。もう。すみません」
涙声になってみっともなくて。もう高校生なのに。
「いや……兄として、お礼を言いたいくらいだ。それと、弟が華恋ちゃんの救いになれているなら、とても嬉しい。きっと、真琴も」
理解が追いつかないなりに、答えてくれた。優しいな。
「はい。救いになってました。真琴は、私と出会って一ヶ月がたった夏の晴れに、死にました。その日は雲一つない青空で、絵の具を水で溶かさずにべったり塗りつけたみたいに真っ青で、腹が立ちました。悔しくて、……ずるかったです」
だんだん止まることなく言葉を話せた。でも、スマホを握る手はベタベタと不快だったし、服は汗でぐっしょり濡れていた。秋のはずだけどな。
「……そうか。真琴は……自殺か?」
感情を殺して、静かに、冷静に聞こえた。
「はい。自殺でした。私のおかげで、最期くらい苦しまずに殺してやろうと思えるほどには自分が好きにはなれたらしいです。そうやって笑った真琴の顔は、嬉しそうでした」
私がメモを見た上で公園に来たことを、喜ぶ自分がいることを認めていた君に嬉しさを感じた。
「…………」
何かを考え込むように風地さんは黙っている。申し訳ないなと思いつつ、話をする為口を開く。
「それから、私は多分、成長していないのだと思いますよ。今だって……っ! 叔母の死にっ! 憎しみと嫉妬しか沸かない! ……すみません。すみませんほんと。……」
ため息を、飲み込んだ。急に叫ぶなんて、馬鹿じゃないのか。情緒不安定が。そう責める声が頭に反響する。
「大丈夫だ。誰だって、トラウマを掘り起こせば取り乱すものだろ」
ほっと体の力を抜く。……だから私は、弱いままだ。
「ありがとうございます。それで、私、その、書類とか、よくわかんないですし。かといって顔見知り以外に頼むのもなーと、それで、相談屋として依頼受けてもらおうかなーって感じです」
 話し終えた。纏まりがない話だったと思う。そもそも、あまり関係がなかったと思う。だけど、風地さんはきちんと最後まで聞いてくれた。そのことに、ほっとした。自分の話は、聞く価値があると言われていると感じて。
「ああ、納得はした。……あの人、死んだのか。…………あ、で、良いけど、法定代理人? どうすんの?」
そこらヘんは分からん。
「いやちょっと何言ってるかわかんないですねはい。はい。叔母……や、どうしよ。風地さん、何か対処法とか、わかったり」
「……楠花さんと養子縁組してたんだよな。楠花さんのお母様がご存命じゃなかったか?」
確かな、と慌てて付け足されたね。
「はい。そうですね」
「……じゃあ、なんとかしてくれるんじゃないか? もし駄目でも、楠花さん慕われてるし、法に詳しい人が多分、助けてくれると思うぞ? 俺、一回、少し調べたけど忘れたんだよな」
ぶん投げられた……オーマイガー。
「分かりました。あの……依頼料、とかは……?」
まあ、その問題はポンと置いといて。私、ほぼお金持ってないんだけど。そこんとこわかってます? みたいなノリで聞いてみる。これで断られたら私のガラスのハート砕け散るよ。
「ま、後から考える。後払いでいいぞ。なんなら楠花さんへと、真琴への恩で、無料してもいいしな」
風地さんは、自称相談屋をやっている。相談されたことに対して、時にはアドバイスを、時には忠告を、またある時は私のように行動してくれる、らしい。叔母が「凄いわよね」と言っていた。
「ありがとうございます。本当に。感謝してもしきれないです……!」
「こちらこそ感謝したいな。……まあ、置いといて。とりあえず、あってみないことには何も始まらないぜ! ってことで、会いたいんだが、いいか? 少し……真琴の話が聞きたい。……あー、」
そのまま風地さんは悩み始めた。ワッツ? や、え。どうしよ。
「私は! 単なる! 同居人で! 良いの! どうしてわざわざそこまで悩むのかしら? 馬鹿なの。いいえ愚かよ」
と、綺麗な声が聞こえた。
「……同居人も一緒で大丈夫か?」
「あっはい。全然だいじょぶです」
苦笑いをこらえるような声に、慌てて返事する。少し声が裏返った気がする。
「……はあ……あ、じゃあその、言ってた華恋ちゃんののお気に入りの公園で会おうか」
「分かりました。もし風地さんと同居人? がよければ、明日でも良いんですけど」
「ああ、明日にしよう。あと、公園の場所がわからないから明日の午前十時頃華恋ちゃん家へ行ってもいいか」
「どうぞどうぞ。住所は叔母から聞いてます?」
ポンポン話が進む。今更ながら緊張してきた。
「ああ。じゃ、そろそろ切っ――」「ちょっと貸しなさい風地!」
と、風地さんの声を遮ったのは、例の綺麗な声の人。
「はあ? 何言ってんだお前。これは仕事だぞ。遊びじゃないからな」
声がさっきより遠いから、同居人さんに話してるんだろう。……これ、言ったほうがいいかな。
「私がそんなことを理解してないと思っているなら私への理解が足りないわ。私、そんな子供ではないの。貴方が思うよりもね」
早口早口。すごー。え。やば。早いのもすごいし何より聞き取れんのが一番すごい。ちなみに私は今壁にかかった時計を見て待機中である。気まずぃー。気まずいよー。
「分かった。分かった。そんなムキになんな。いいか? 楠花さんの娘さんだからな? 迷惑だけはかけるなよ」
「……わ、私、優凛というの。それで……あの、……。貴方、名前は?」
風地さんの言葉を無視して、しどろもどろになってる。え、可愛い。
「葉海華恋です。気軽に華恋でいいですよ。それと、そんな緊張しなくていいですよ」
「緊張はしてないのだけれど……。じゃあ、華恋。少し、質問が、あって。どうして、風地を頼ったの? だって、風地よりも法に詳しくて、頼ることのできる人も居るはずよ」
スラスラ話すようになってきた。良かったあ。
「簡単です。叔母がよく、風地さんについて話してましたから」
叔母は、めったに私に知り合いについて話さなかったのに、風地さんについてはよく話してたから。別に、恋愛対象ではなかったと思うけど。どちらかといえば、私へと同じ、お姉ちゃんみたいに接してた気がする。
「そう。……私が聞きたかったのはそれだけよ。じゃあ、切ってもいいかしら」
「あ、どうぞ」
「……」
「……」
切れる前の、妙な沈黙がありはしたけど、ちゃんと切れた。
 ふっと息をつく。
 つ、疲れたあ。緊張やばいって。大丈夫だよね? 変なこと言ってないよね? まだ、心臓がバクバクしてる。途中から、あんま気にせず話せたけど。
「あー、なんか飲も。んで、寝よ」
窓から見えた夕焼けが、私の顔を照らした。