『僕は、僕という人間が世界で一番嫌いだ。僕がいなければ、きっともっと幸せな人が沢山いる。兄さんも、母さんも、父さんも。僕の代わりに生まれた人も。幸せだ。もしも僕でなければ母さんも父さんも、贅沢に、プライドが刺激されることもなく、幸せに暮らせた。でも、僕はまだ、死ねずにいる。そして、ここに居るのは、紛れもない僕という人間で、父さんも母さんも、絶望の奥底にいる。だからね、華恋。仕方がないんだ。全部。こんなことになったのは、神様とか、そういう不確定で不安定な存在が、僕や華恋みたいな人間をつくってしまったのが悪いんだ。君は、悪くないよ。人を傷つけた。自傷した。でも頑張ってやめようとしていた。それを、僕は知っている。それだけでは、不足してしまうかな。ギャンブルも、お酒も。悪いことではないはずだ。単なる娯楽であるはずだ。華恋は、好きなことが、平均的な人より、悪いことになるレベルが低い娯楽にはまっただけなんだ。……ああ、ごめん。何を言いたいのか、分からないや』
君は、いつもそうだ。自分が大嫌いなはずの、お母さん、お父さん。それから、両親が、大好きだったギャンブルとお酒。全て、許容する。バカみたいに優しくて、甘くて、お人好しだった。
 静かで、私の、心のもやもやしてぼやけた境界線をはっきりさせてくれる。そして、選択を聞く。その選択を肯定することも、否定することもしない。
それでも、冷たかった。一人で、生きろ、なんて。独りにしないで、ほしかったなあ。
『それでもッ! ……私が、人を傷つけた。自分を守るために忘れた。そのことが、変わりはしない』
『あはは。まあ、僕も君も、救いようが無いんだよ。だからさ。自分を許さなければいい。ずっと、恨み続けるんだ。辛くても、死ぬなって。……僕は、そんな、強くなれる自信がないのだけれど。どれだけ辛くても、苦しくても、逃げるなってさ。それに君の場合、お母さんが悲しむじゃないか』
『……私としては、お母さんって感じじゃなくて、お姉ちゃんって感じする。ほんとは叔母だけど。まあ、どうでもいいことだよね。……ありがと。真琴。元気出た』
生きる気力が湧いた。中二のガキが何いってんだって思うけど。
 六月。雨の日だった。花澤さんが、呆然として、真っ青な顔をしているところに、偶然会った。そんなときにも花澤さんは、最近、葉海さん大丈夫? とか、こっちのこと気にしてくれてて。その時、やなことがあったもんだから、我慢できなくなって、笑った。嘲笑だった。楽しくて。我に返ったときには、もう花澤さんは居なかった。何を言ったかは忘れたけど次の日から花澤さんは学校に来ることがなかった。
 それを話した。ベンチは、まだ壊れそうな響きは無かった。




 澄んだ暗闇。光輝く白い粉。或いはそこの見えない夜空に、空に散らばった多種多様な星々。そんな素晴らしいとか言われる世界のもとで、無表情に弁当を食べる。深夜の公園で。ベンチに座って、膝の上に乗せた弁当を眺める。すぐにあきて、また空を見る。
 私は詩人でも自然でもないが、世界をきれいだと思う程度には余裕がある。あってしまう。
 今の季節、気温は寒いと嘆くには十分な気温であるはずなのに、不思議と震えは感じなかった。
 今は何月だっけ。
 どこか体のタガが外れたみたいだ。
 私の黒髪が風に紛れてふわりと舞うくらいに風は強く、鬱陶しかった。ただ、不可解なことに、嫌だとは感じなかった。ピカピカと痛いくらいに明るい東京の街は、不愉快だった。
 ため息をついて、手に持った箸で弁当のからあげを口に放り込む。咀嚼して、舌にあたったからあげは、少し暖かかった。口がじんわりと暖まる。これが、今日の夕ご飯。
 ……もう、このからあげは、二度とは味わえない。そうじゃない。おかしい。きっと。悲しくなるはずなのに、あるのは空虚な心と満たされない憎しみであって、間違っても悲しみではない。やっぱり、私は頭がおかしいな。
 そうじゃない。違う。空虚なのは、そのせいではない。頭がおかしい。それはある。ただ、記憶が、おかしいだけ。狂ってはいる。でもそれに人を巻き込んではならない。
 ああ、そうだ。少しばかり、整理でもしてみるか。現実を受け止められていないんだ。だから整理すれば、悲しくなるはずだ。きっと。悲しかった。悲しかった?
 私の名前は葉海華恋。誕生日は九月二十七日。現在高二。
 私はいままで、血の繋がった両親に育てられてきた訳ではない。叔母――父の妹らしい――に育てられた。不満も何もなかった。叔母は暖かった気がする。
 ただ、わずかにこびりついた過去の記憶。(叔母の家に放置される前の、両親の憎しみと嘲笑の目と声が離れてくれない)その光景に振り回させているだけと言っていい。
 違う。預けられたんだ。
 そう。歪な肌。自傷癖。赤ちゃんの頃。右手で左腕をガリガリ削った。
 両親は不気味に思った私を、精神科医の叔母に押し付けた。
 それでも、愛そうとはしてた。
 女の子。そう、女の子。……琴葉。幻覚幻聴があった子。彼女の知る世界が美しく、素晴らしく感じた。
 殺したのは、私。精神的に追い詰めてしまった。
 心から、アイシテル。琴葉。だからか、夢に出た。
 成長して中学生になった琴葉と、学校で仲良くなった花澤さん。それから花澤さんと仲がいい秋山さん。私。
 四人で、遊んでた。
 夢ではなくて、現実だと信じ込んでた。
 琴葉は私の初恋。今も、ずっと、愛してる。
 両親から捨てられるのは、幼児がトラウマになるには十分で、それから私は、卑屈な変わり者になった。あるいは、歪んだ偽善者。
 決して、もとからこんな性格だったわけではなく。
 元からこんなものだった。
 私は要らなかった。邪魔なだけだった。それがわかったから、子供ながらに傷ついた。私は頭がおかしかった。人を傷つける。
 子供ながらに、楽しく無邪気に人を傷つけた。
 そんな話をして同情を引きたいわけでも、構ってほしいわけでもない。だから常に自然に笑っていた。ほら、自分は今幸せだからと。
 自分は幸せだと、思い込みたかった。
 叔母は、そんな私が気がかりなようだった。きっと、私が素を出しても、向き合って、真剣に考えてくれる。叔母は優しいし、何より私のことをきちんと愛してくれていたのだから。わかっていても、無理だった。いつの間にか偽物の自分と本当の自分の差がわからなくなったし、何よりも自分がこんなやつだと思われたくなかった。もしくは、認めたくなかった。これ以上、幸福が欲しくなかったのかもしれない。私のことを一番知らないのは、私自身だ。きっと。一番嫌いなのも。
 はあ。そーですか。
 造り物の自分が褒められれば褒められるほど、本当の、人を傷つける自分が醜く感じた。
 周りの人から見れば、生まれたとき、すでに相当おかしくて、醜いものだったのに。
 誰がお前なんて気にするか。
 その自分を私から、他人から隠したくて隠したくて仕方なくて。嫌われるのも、怒られるのも嫌いで、怖いものだから。そうじゃなければならないから。一層笑うようになった。好かれようと努力した。他人に合わせて、常に笑っていて。平等に接して、でも心を開くような素振りを見せて。
 花澤さんは、優等生で、気遣いができる、私の上位互換みたいな子だった。花澤さんの人生をめちゃくちゃにしたのは、私だ。最低なクズ。
 自分すら騙して。それでも、駄目だった。
 どれほど頑張っても、一部の人から嫌われる。そう気づいたのは、女子生徒に頬を叩かれてからだった。
 いじめられても、仕方ないくせに何を言いたいんだ。こうしてる今も、あの子は傷ついてる。
 涙が枯れたように、麻痺したように出なくなった。心も涙も枯れてしまった。素の自分は無表情なのに、醒めているのに、ずっとニコニコして、バカみたいな現実にすがる自分が気持ち悪かった。
 もっと、思い出したいものがあった気がするけど、忘れた。
 両親も琴葉も花澤さんも真琴も奏明さんも優凛も。私が、傷つけた。いや、真琴は違うかもしれない。それでも、自殺を止めれなかった。忘れちゃ、いけないのに。
 まあ、いいや。
 よくねえんだよ。クズ。役立たず。
 そうして、なんとか高校二年生まで死ななかった。いや、死ねなかった。だからこれからもきっと死にはしない。そんな勇気など、私という臆病者は持ち合わせてはいない。死ぬことなど、出来ない。つまりそれは、何も変わらない。これからも、何も変わらないはず。そう漠然と考えていた。つい、今朝まで。……そう、今朝まで。
 違う。叔母が亡くなったのは、三ヶ月前だ。
 叔母が過労で亡くなった。
『……華恋? ……! 危ない!』
過労じゃなくて、交通事故だ。
 夜勤だったから、どれくらい働いてるのか知らなかった。専門家によれば、死亡時刻は午前1時頃だという。最近は、確かに休日いることが少ないな、と思っていたが、叔母が「今は少し忙しい時期なの」そう微笑んだら、納得して、しまった。
 勝手に、記憶を組み替えるな。
 なんで気づかなかった。高校生なら働ける。苦しいなら言ってくれるか、私が分かったら、こんなことにはならなかった。
 悲しみよりも何よりも、あっさり死を受け入れる。まず疑いもしなかった。馬鹿馬鹿しい。本当は、分かっていたんじゃないか。見てみぬふりをしていただけじゃないのか。
 そう考えることすら、自分を守るための言い訳だと気づいた時は、笑ってしまった。随分遠い日に感じる。それだけ今日が濃かったんだろう。
 違う。濃かったんじゃない。実際に三ヶ月過ぎているからだ。黙れ。失せろ。
 学校は行かなかった。昼食として用意してくれた弁当は、今食べている。叔母は、いつも前日に、私が帰ってきてから準備していた。冷凍していたから、冷蔵庫にあった。
 優凛が作ってくれたものだ。
 私は結局何をしていたんだっけ。ああ、整理だ。でも、何も変わらなかった。悲しみはない。ただひたすらに、妙な憎しみが溢れるばかり。死人を憎むなんてどうかしてるな。
 私を、恨んでるんだ。
 あとは、胸がぽっかり、大事なものをどこかに置きっぱなしにしているような空虚を訴える。
 なにかおかしい。何かがおかしい。……私が、おかしい。世界に、取り残されたと錯覚する。
 私が、取り残されようとしたんだ。
 私がおかしいことなんて、分かりきっていたことだ。
 風が木を揺らす。心地よい、もしくは私を孤立するような音。いっそ、このまま不慮の事故が起きないか。そんなふうに思う。
 それで、叔母は死んだ。
 たとえば、頭に衝撃があって、空いた穴を埋める記憶が与えられるとか。
 優凛は、それをずっと試してる。
 からあげの次は白米。妙に硬かった。レンジで加熱はしたんだけど。足りなかったか。無味無臭。喉にべたりとくっつく。お世辞にも美味しいとは言えない。約一日放置していたからか。いつもはこんな味じゃない。ああ、水を持ってくればよかった。
 優凛は、不慣れなのに頑張って作ってくれている。それを、お前が否定すんな。何様だ。
 横髪が、ぐっしょりと汗で濡れた肌につく。不愉快極まりない。それでも無表情で弁当をむさぼり食う。どうせ誰も私など見やしない。私以外は。
 無機質に映る景色が、濁って見えた。
 ふと、目が覚める。どうして家ではなくこんな丘の上の公園で、現実から目を背けるようにしているんだろう。冷めた頭で考える。こんな場所にいて、過去を何度も思い返して、自分を心から笑って。どうしてこんな、図々しく生きることができる。そんな思考も、心の奥底に呑み込まれてしまう。そうしてまどろみ、ぼんやりとする。どこかしら、いつもとは違う自分のような気がする。
 それを、私は明日まで繰り返す。ああ、もしかしたらずっとかもしれない。
 かもしれないじゃなくて、実際繰り返してんだよ。
 虚しい。
 呼吸音がやけに大きく聞こえる。私を囲むすべてのものが、あまりに静かだからか。しかし呼吸音も、静寂も、邪魔はせず、私にとって心地いい。
 そこに、強い風が吹いた。風によって揺らされた木々は、先程までとは打って変わって元気に波のような重苦しい音を奏でる。
 私の長い前髪が、目に入った。痛いなあ。左手で髪を退かす。キラリと光を反射した腕時計が視界に映る。大切なものだった気がする。
 叔母が、誕生日プレゼントにくれたもの。
なんだっけな。……忘れたな。ということはどうでもいいことなのか。そんなふうには納得できないとでも言うように、モヤモヤとした焦りが私の視線を空へと向かわせた。
 空なんて見て、何が変わる。三日に一回は同じことをしている。
 悲しいことに、綺麗だと感想を抱く、どこまでも深い闇を睨む。
『あ! カレンちゃん、ヒヤヒヤさんだよ! すっごく大きい!』
「……?」
 ことは。琴葉の声。
 幻聴か。意味のわからない夢のような、聞いたことない声だ。まるで私と知り合いのように呼びかけられた。何だったんだろう。疲れてるのかな。……少し不気味だな。幽霊を信じるわけじゃないけど、反対に信じてないわけでもない。ましてや、こんな真夜中だし。
 ……忘れちゃ、いけない、大切なもののはず。記憶を辿っても、分からない。もどかしく感じた。また、思考は暗闇に吸い込まれて消えた。
 見てみぬふりをするな。
 そしてそれっきり、私はこの体験を頭から追い出してしまった。
 






「優凛ー!どこいんのー!」
 唐突に、声が聞こえる。
 さっきの声とは違う。それになんとなく、幻聴じゃない気がする。
 声の内容を理解し、声の主は少なくとも私に用事がある人ではないと知る。少しほっとして、私は息を吐き出した。同時に、いつの間にか微笑に固められた口元も直る。
 人と会うときは、いつもこうだ。と思い、その後自分の虚栄心に呆れる。常にそこまでがセットだ。一体何回繰り返せば気が済むのか。ああ、気でも狂ったか。
 気が狂いそうなのは、優凛と風地さんの方だ。話に合わせる精神科の受付の人も。
 視線を下に向け、いつの間にか全て食べ終わった弁当を片付ける。弁当を右手で持ち、そのまま立とうとしたら、ふらりとバランスを崩す。そのまま、またベンチに座ってしまう。滑稽だ。
 私の顔は無表情のまま。あー、自分で爆笑でもできたら、何なる馬鹿馬鹿しい話に変わるのに。
 笑いたいのは、どっちなんだよ。優凛は、もっと大変なんだよ。
 強い風が、私の体を冷やす。
 座ったベンチは、古くはあっても脆くはなかった。この公園は、誰でも利用できる。そう分かってはいても、こんなところにいる自分が場違いに感じる。……ただ、場違いに感じたところで、なにも変わらない。やるべきことも、なにもないから、どうでもいいや。
 そんな思考に腹が立つ。
 それでも私は少し、そう、もう少しだけ、夢の中にいるような現実離れした空間にいることにした。
 もし、叔母がいたならとうに帰っていただろうけど。
 ぼんやりと空を睨む。ここに来たときには見えなかった、紺に滲んだ月が、見えるようになっていた。なんとなく、見ているとおかしくなりそうで、濁った自分を哀れまれたような気がして、目線を後ろの公園へ向ける。
 赤い葉が目に入る。紅葉か。そういえば、そんな時期だったっけ。
 ゆらゆらと揺れる赤い紅葉が、錆びた鉄棒にそっと着地する。しかしまた風が吹き、宙に投げ出される。真夜中に目立つ赤色から、私は目を背けた。
 幻覚だ。本当は、昨日木に積もった雪。
 湿った地面に視線を落とす。今朝は雨が降ってたな。まだ湿ってるのか。すぐに眺めるのは飽きた。
 この公園で機能しているのは、一つの電柱とこのベンチだけのようなものだ。他は壊れて使い物にならない。まあ、風情がある、と言いかえることもできるか。
 ここは小さな丘の上。だから登るのが不登校の私には案外疲れることだったりする。だとしても苦労してまで来る価値が、ここにはある。少なくとも、私にとっては。
 景色を眺めるのにも飽きて、さっきの声はなんだろうかと冷えた頭で暇つぶし。
優凛 、といったか。名前からして恐らく女。で、探していた人は声からして男。気安そうに叫んでいたから少なくとも知り合い、だと思う。ストーカーの可能性もあるのかな。そもそもこんな真夜中に探すって何事だ? しかもこんななにもないような場所まで探すって。
 ……他人の話だし、どうでもいいや。無責任に投げ出しても、どうせ見てるのは私だけ。
 そう思っていたのに。
「……っ! ……あ。ひと、いたのか。大声出してごめんな。ところで! 暇なら女の子を探してくれないか? 見つかんなかったらマジで俺が怒られる!」
 しばらくぼーっと景色を眺めていたら、男の人が私の姿を見て近づいてきた。さっきの声と同じ。だけど、少し声が上擦っていて、緊張を帯びていたのは気のせいか?
 女の子、ということは優凛とやらは子供だったのか。ならこんな夜中と言ってもいい時間に探すわけだ。……いや、だとしてもここまで探しに来るのか?
「そういうのは警察とかに行ったほうがいいのでは? ……ですが、きっとなにか事情があるんですよね? あの、その女の子とあなたの関係は? それと、その女の子について分からないと、流石に手伝えません」
人好きのする笑顔で返事する。いいのか、他人に任せて。警戒心なさすぎではないのか。そもそも警察行け。こんな私に人探しなんてできるわけ無いだろ。他を当たってくれ。そんな気持ちを込めて見つめる。
「ああ、俺とあの子は…………待ってくれ。怪しいやつじゃない…………余計怪しくなるか…………ええ……ああ……うえぇ? ……なんだ? 父…………保護者……もない……そんなこと言ったらあいつ怒るし、ぜってえ……」
 時間稼ぎ。
ぶつぶつ下を向いて呟く。私はこのままどうすればいいのか。そうしているうちに癖になった意識は、現実ではない、過去の記憶へと向かう。たとえばそう、このベンチでくだらないこと、悩みを話した、ある種の仲間。ま――
「法定代理人。もしくは同居人。それ以上でも以下でもない」
――真琴、とか。
 女の子が男を後ろからばっと肩を叩く。私と一瞬、目があった。宝石みたいにきれいな瞳をしてた。食い入るように見つめていたことに気づいて、慌ててすぐに目を逸らした。
 親しそうだし、この子が優凛だろう。見つかってよかった。あと疲れた。さっさと、家に帰るか。
 ……そうだ。私の、法定代理人はどうなるんだろう。叔母に配偶者は居なかった。私はまだ高二だから、法定代理人がいないと何もできないや。
「ああ、見つかったようですね。良かったです。私そろそろ帰らなきゃ怒られるんです。さようなら」
にこりと笑ってベンチを立った。……今度はやけにあっさりと立てた。覚悟してた私は肩透かしを食らう。まあ、面倒が起こらないだけいい。振り返らずに、そのまま歩く。人ともう、目を合わせたくなかった。女の子の目に映った私の瞳が、濁りきって見えたから。宝石に似た瞳との落差に自分が嫌になってくる。ああ、元々嫌いだったっけ。……あの子の瞳、綺麗だったな。
 風がその時に限って、冷たくて、私の味方をしてはくれなかった。体の、元々ないに等しい熱が、急速に溶かされて冷めていった。
 でこぼことして、湿ってる地面しか目に入らない。やけに寒い。さっき弁当を食べてた時は、寒くなかったのに。
 秋にしては、寒いな。無駄な思考をして、現実を見るのを諦めた。
 あれから、ふと我に返り、私は何をやっているんだと呆然とした。馬鹿じゃないのか。ドンドンと家を殴り続けるように雨が降る。
「濁りきった空の下で、僕と君は出会った」
真琴は私との出会いを、そう評した。「美談みたいじゃないか」と少し口元に笑みを含んで言っていた。目を細めて、あの公園で、現実から目を背け、他人事のように東京を眺める真琴は、幸せに見えた。
 それでも、先に楽になった。何度も繰り返すが、ずるくて、羨ましくて、嫉妬した。優しい兄が居たじゃないか。好きだと言っていた絵描きをすれば良かったじゃないか。
 そんなことばかり考える私が、中学二年生のあのときから、精神が、心が止まっているように感じて仕方なかった。何も変わってくれはしない自分を罵る。私が傷つけて、私の影響で大切な人の心を揺さぶれるのが楽しかった。クズが。そう吐き捨てる先すら、形が歪に歪んでいる。自分から自分へ罵倒したところで、なんだ。大して心は動かない。
 でも、やっぱり私は死ねなかった。どんな言葉を浴びて浴びさせても、体を意味なく傷つけようと、死ぬのは怖かった。
 濁りきった空の下で、僕と君は出会った。君が最後に残したメモにはさ、救われたって書いていたよね。濁った目で自分にナイフを刺したときも、僕は救われたと言ってくれたよね。
 だったら、だったら私も、殺してほしかったな。くだらない。自分の気持ちを、あっさり一笑する。
「今は。十月十五日。午後四時くらい。……あは。…………そんなわけ、ないだろ。馬鹿が」
 何回目かは、忘れた。だけど、確実に。早く時間が過ぎ、公園……いや、カフェから帰ってきた次の日。そう、記憶していた。
 向き合わなきゃいけない。あの日。何があったか。叔母が亡くなったのは、三ヶ月前。
 優凛と、……奏明。奏明さん。叔母が亡くなった次の日。二人に依頼。依頼をした。