母が実家、つまり祖父母の家に帰ると言い出したのは私が家に帰った朝。朝帰りなんて初めてしたし怒られると思ったが、いつ思い立ったのか、もう出かける直前で、玄関で鉢合わせた。

「てっきり帰ってこないかと思って」

 疲れた顔で笑う彼女に申し訳なさを覚える。ここで一人……もし、私が帰ってこなかったら、本当に一人で、死を待つことになっていた。机に突っ伏した親の背中を忘れていたことに酷く後悔する。

「お母さん、ごめんなさ……」
「……ううん。出雲も来る?」

 顔を覗き込まれ、そこに厳格だった女性の面影はなく、まるで少女のようにあどけない瞳に、行くべきか悩んだ。
 母と過ごしたくない訳じゃない。祖母にだって会いたい。寝たきりだった祖父は元気だろうか。
 でも……。

「いつか、行くね。今は出来なかったことをしてみたいから」

 私の答えに頷き返して「気をつけなさいね」と言い残し、家を出た。お母さんもね、と送った言葉は聞こえていたか分からない。