熱傷の容態を確認するため、傍へ近づき手を差し伸べる楼夷亘羅(るいこうら)。膝を崩し声をかけようとするも、伊舎那(いざな)は身を反らし顔を隠す素振りを見せる。

「『ごめんね、伊舎那。俺がためらったばっかりに……。だけど、もう大丈夫。心配ないから、傷痕を少しだけ見せてくれない?』」

 楼夷亘羅は俯き目を逸らす伊舎那へ優しく声をかけ、袖付()にそっと触れ想いを伝える。

「『――いやだ、見ないで。こんな醜い顔なんて、楼夷(るい)に見せたくない!』」

 容姿を見られまいと掌で顔を遮り、船底へ身体を丸めしゃがみ込む伊舎那。

「『見ないと火傷の手当てが出来ないじゃん。それに、誰が醜いなんて言ったの? もしそんな奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるよ!』」
「『でも……』」

 慈しむ表情で瞳を見つめ、楼夷亘羅は包み込むように二の腕を掴む。こうした純粋無垢な心根(こころね)の気持ちを感じ得たのか? 伊舎那は、顔を隠し遮っていた掌をゆっくり下げる。

「『大丈夫。容姿は失えど、伊舎那はもう1つ美しいものを持ってるから』」
「『えっ……?』」

 意味深な言葉をこぼす楼夷亘羅を不思議に思い、伊舎那は少しばかり顔を上げた……。

「『それは、今も輝き続けている……。とても美しく、綺麗な澄んだ心。普通はね、こんな目に遭うと黒く澱んじゃうものなんだ。だけど伊舎那の輝きは変わらない、ずっと煌びやかに照らしている。だから、俺を信じ手当てをさせて欲しい』」
「『楼夷(るい)……』」

 楼夷亘羅は熱傷の程度を見定めるため、そっと頬に触れ愛おしく見つめる。その言葉を受けた伊舎那は、どうしてそんなことが分かるのであろう? 既にそういった感情など何処にもなく、ただ優しく接する気持ちに身を委ね心の想いに応えた。

「『ありがとう、伊舎那。これから顔全体へ気を送り込むけど、怖くないから少しジッとしていてね』」
「『……うん』」

 目を潤ませた伊舎那の涙をそっと指先で拭い去る楼夷亘羅。施術を行うため、船底へ腰を据え準備に取りかかる。

「『オン・ロケイジンバラ・アランジャ・キリク――!! オン・ロケイジンバラ・アランジャ・キリク――!!』」

 対面に向かい合う楼夷亘羅は、気力を高めるべく手印を指先で組み込み真言を唱えていく。ゆっくりと息を吸い、心落ち着かせ少しずつ吐く。そうした動作を繰り返し行うことで、次第に満ち溢れてゆく闘気。自らを包み込むように、光の輝きが身体を纏う。

 それが何かの合図だろうか? 組み込んでいた指先を解き、左手を伊舎那の顔へかざす。――と、同時に別の真言を再び念じ唱えた。

「『無常の変わりゆく時の中。無我を忘れず自然と共に。寂静(じゃくじょう)を受け入れ安らぎたまえ! 三法印(さんぼういん)真理滅却(しんりめっきゃく)――!!』」

 すると――、突如として煌びやかな輝きを魅せる左手の甲。いつもなら気味悪がられまいと、ごまかし掌を隠す楼夷亘羅。けれど、今回ばかりは状況が違うといったところか? 真剣な面持ちで、左手へ想いを込める。

 そうして時は流れゆき、次第に文字のようなものが手の甲に浮かび上がる。それは梵字と呼ばれた紋章であり、王の証ともいえる聖痕のようなもの。鮮明に刻まれた梵字は輝きを増し、掌からは光の粒子が解き放たれる。 



「『何だろう……。楼夷(るい)の気持ちが伝わってくるようで、とても温かい……』」

 明るく照らす粒子と共に、優しく包み込む温かい光。その輝きを浴びて、安らぎを得る伊舎那。目を閉じた状態でも、心の想いは感じ取ることが出来た。ほどなくして、徐々に変化を魅せる容貌。いつもの美しい顔つきへと変貌を遂げる。

「『伊舎那、もう大丈夫だよ。目を開けてごらん!』」
「『う、うん……』」

 そっと囁きかける声に反応して、ゆっくり大きな目を開ける伊舎那。暫く瞳を閉じていたせいか? 陽の光が眩しく、目を細め掌で顔を(かざ)し覆いつくす。そして、次第に落ち着きを見せはじめ、眼前に人影が鮮明に映し出される。

 そこには……。優しく微笑み、慈しむ表情で見つめる楼夷亘羅の姿があった。

「『るっ、楼夷(るい)…………』」

 いつも見ていた表情なのに……。そうした思いを感じるも。その笑顔に見つめられ、高鳴る胸の想いは脈を打つ。

「『――んっ! どうしたの。まだ、どこか痛む?』」
「『いっ、いいえ。もう大丈夫よ、ありがとう楼夷(るい)!』」

 治癒が不十分であったかと勘違いする楼夷亘羅は、不安な面持ちで顔を覗き込む。そうした何気なく見つめる様子に、胸の内を抑え込む伊舎那。必死に平静を装い、何もなかったかのような素振りを見せる。

「『そうぉ……? もし気になるのなら、自分で確認するといいよ』」
「『う、うん』」

 楼夷亘羅のことは信頼していたが、女性にとって容貌は命の次に大切なもの。恐る恐る海へ顔を映し出し、状態を確認する伊舎那。そよぐ風に水面(みなも)は揺らめきながらも、はっきりとした顔立ちが鮮明に映し出される。そこに映っていた容姿……。

 焼け(ただ)れていた表皮は、艶のある肌へ変わり。(めく)れた皮膚で覆いつくした目は、輝きを魅せた漆黒の瞳へ移りゆく。それは、なんら今までと変わりない自らの姿。けれど、その光景は伊舎那にとって諦めていた姿であり、嬉しさのあまり目を潤ませた。

「『あっ、ありがとう楼夷(るい)…………』」

 もう、二度と自らの容姿を確認することなど出来ない。そう心のどこかで確信していた伊舎那。再び元の姿へ戻る事ができ、歓喜の声をあげる。ところが、その感情は1つの願いに過ぎない。こうした気持ちよりも、更に嬉しく思う心情があった。

 それは……。

 楼夷亘羅の笑顔が傍で見れること。これこそが、伊舎那が想う本当の願いである……。