琴線に触れる伊舎那(いざな)の言葉を受け、船頭の心に忘れかけていた想いがよみがえる。その記憶を呼び覚まし、不安な思いよりも熱き想いが込み上げた。

「『信じ合う心…………か? 跋闍羅(ばじゃら)……。どうやら儂は、肝心なことを忘れていたようだ。お前を見つけるまでは、何があろうが死ぬ訳にはいかん!』」
「『そう! その意気ですよ』」

 1つの決断を下す船頭は、吹っ切れた表情で掌を軽く握りしめる。そうした想いを伝える伊舎那は、励まし合い心の枷を解き放つ。

「『そうだな。それにしても何年ぶりだろうか? こんな気持ちになるなんて……。もしかしたら、跋闍羅(ばじゃら)が元気付けてくれた、あの日以来かも知れんな!』」
「『跋闍羅(ばじゃら)……? 先ほどから思い悩んでいますが、どうかされましたか? 何か不安な事でも……』」

 想い馳せるように、一人呟く船頭の様子を心配する伊舎那。

「『いや、もう大丈夫だ。何かと心配をかけ、色々申し訳ない。お陰で心の迷いも無くなり、元気が出てきたと言うものだ! そのお礼と言っちゃぁ何だが、儂も力及ばずながら加勢しよう!』」

 瞳に光を取り戻し、力強く言葉を発する船頭。大きな七尺(2メートル)もの(かい)を両手で握りしめ、熱き闘志を燃やす。

「『ありがとうございます。皆で手を取り合えば、必ず道は開けるはず。だから、この場は私達に命運を預け、信じて貰えませんか!』」
「『あぁ、信じているとも! 嬢ちゃん達なら、必ず海龍鬼を倒してくれると!』」

 心の想いを1つに、目の前の強固な龍鬼に挑む4人。なすべき使命を果たすため、それぞれが自らの持ち場につく。
 
 ほどなくして、射貫くために必要な闘気を溜め得る伊舎那。想い願う気持ちを指先に込め、真言をゆっくり唱えかける。

「『天を切り裂く稲妻のように、空へ翔る光矢となれ。雷破!! 一射絶命――!!』」



 その言葉と共に、煌びやかな光矢を上空へ解き放つ伊舎那。先ほどの一射と違い、形状を変えず空を曲折しながら駆け抜ける一筋の道標。想いの力も加わり、光の柱は流星の如く鮮やかに突き進む。

 それは瞬刻の出来事――!! 

 これが本来の伊舎那が持ち得る力なのか? 光矢は逸れることなく、吸い込まれるように瞳を射貫く。見事なまでに左目を貫通した矢は、役目を終え久遠の彼方へ飛び去った。

「『グゴォッ――ッ!!』」
 
 すると、突然雄叫びをあげる海龍鬼。当然というべきか? 脳天を射貫かれた事により、暴れ狂う様子で悶え苦しむ。死してなおも苦痛を味わう事になろうとは、何とも居た堪れない悲しき現実。そうした状況に唖然と佇み身震いを見せる伊舎那。切なく想い、憐れんでいるのだろうか? 



「『――どっ、どういうこと? 脳天を射貫いたはずなのに、まだ動けるなんて……』」

 ――いや、そうではない様子。どうやら想定外の行動を示す海龍鬼に、驚いた顔つきで声を震わせていた。

「『うむ……。儂も実際に倒した奴を見たことはないが、頭部の全てを失っても生きていたらしい』」

 これまで得た情報から、海龍鬼についての詳細を伝える船頭。消滅させるのは至難の業であり、討伐は容易くないと話す。

「『頭部の全てを……。もしかして、龍鬼とは不死身の存在なのですか?』」
「『いや! 一概には言えんが、それはないじゃろう。何故なら、過去に双剣使いの聖者が倒していたと聞く』」

 優れた聖者が束になっても討伐は困難とされた海龍鬼。しかし、いとも簡単に消滅させていた過去の偉人がいたとされる。それも複数の魔獣を、たった一人で……。

「『それは、もしかして……。楼夷(るい)のお父さんでは?』」
「『どうだろうな? それは本人に聞かなければ分からんこと。じゃが、兄ちゃんは確かに戦い方を教わったと言っていた』」

 話の流れから、その人物は楼夷亘羅(るいこうら)の父親ではないか? そう記憶をたどり、思い巡らせながら推察する伊舎那。はたして、双剣の使い手は誰なのか? 解けない謎よりも、今なすべき解決策を考慮する船頭。

「『だったら何故、楼夷(るい)はこうも苦戦を強いられているのでしょう?』」
「『儂にも分らんが、何か理由があるに違いない。兄ちゃんは仲間達を気にした素振りも見せるが、それだけじゃない気がしてならん! とにかく、今は信じて援護するしかないじゃろう!』」

 倒す手立てがあるにも関わらず、悪戦苦闘している状況。本当にそうであるなら、道が開けるまで仲間を信じて待つしかない。空を見上げる船頭は、己へ問いかけるように伊舎那へ呟いた。

「『そうですね。先ほど放った一射の打撃、以外にも効果があると確証を得ました。時間は掛かりますが、これを何度も繰り返せば消滅させる事が出来るかも知れませんね』」

 弓鈷杵(きゅうこしょ)を軽く握りしめ、再び狙いを定める伊舎那。視覚を失った海龍鬼ならば、目標を特定すること叶わぬはず。見据えた事の次第を思い浮かべ、炎弾の精度は鈍ると話す。その願う気持ち、本当に届けゆくなら良いのだが……。

 ――そうした状況の中、上空で鬼気迫る攻防を繰り広げる両者。左目を欠損した事により、なおも暴れ回る海龍鬼。周囲の状況は刻々と変化を見せ、思わぬ展開へと向かっていく……。