共に打ち消し合う炎弾と衝波。散りゆく火の輝きが、線香花火の如く華やかに空を色づかせる。

「『――もう楼夷(るい)ったら! 心配するじゃない!!』」
「『そうですよ、楼夷亘羅(るいこうら)! 強いのは分かりましたから、真剣にお願いします』」

「『ごめん、2人共!! ちょっと慎重になり過ぎた!』」

 眼中にないのか? 海龍鬼を背に向け、ゆとりある表情で上空から受け答えする楼夷亘羅。その様子を察する2人は安堵の表情を浮かべる。 

「『だが……。確かに、羽衣を纏わず空を飛べるのは凄い。しかし、ネズミが猫に挑むようなもの。海龍鬼の力は、先ほど以上の能力を有する。兄ちゃんじゃ、勝ち目はねぇ。飛翔の技があるなら1人だけでも逃げるんだ!』」

 その体格差はネズミと猫ほど。いや、それ以上の違いがあった。

「『グゴォッ――ッ!! ォォォッッ!!』」



 先程よりも低く唸るような雄叫びをあげる海龍鬼。少しばかり苛立ちを覚えたのか? 直ぐに次の一手へ移り、数発の炎弾を立て続けに打ち放つ。確かに言葉が通じないとはいえ、どこかその表情はこれ見よがしな態度に思えた。

「『懲りない奴だな! まとめて撃とうが同じこと!』」

 数発の炎弾に対し、優雅に空を舞い応戦する楼夷亘羅。両手の拳を強く握り後方へ充填した後、転瞬の動作で波動を繰り出していく――。

「『――っはあああああ!!』」



 はるか遠くの海から吹き抜ける八重の潮風。それに乗じ身を任せ、風圧と共に炎弾を撃摧(げきさい)していく。やがて全ての炎を消滅させた楼夷亘羅は、ゆとりある素振りで天に消えてゆく華炎を眺めた。

「『すっ、凄いのね楼夷(るい)って……』」
「『だから僕が言ったじゃないですか! 化物級だって』」

 その圧倒的な状況に、胸をなでおろす伊舎那(いざな)吒枳(たき)。にもかかわらず、余裕に満ちた楼夷亘羅へ不安な面持で声をあげる船頭。

「『――兄ちゃん!! 海龍鬼は刺激しちゃ駄目だ! 隙を見て逃げろ!』」

 何をそんなにも心配しているのか? 2人は不思議そうに見つめるも、波風による音のせいか? 当の本人に声は届いておらず、続けて威嚇を始める。そうした攻防を眺める船頭は、何かを危惧して浮かない表情を浮かべた……。

 暫く微動だにしない海龍鬼。凌駕する力の差に、(かな)わないと諦めたのか? ――いや、そうではなく状況を観察しているかに思える。感情や意識がないにもかかわらず、一手ずつを別の反応で返す。その姿は、まるで意思を持った魔獣のように。

 そうした中、――突如として巨躯(きょく)をうねらせる海龍鬼。落ち着きを見せていた海面は容易(たやす)く荒れ狂い、荒波の如く渡し船へ襲い掛かる。

「『きゃぁ――!!』」
「『わぁっ――!!』」

 左右へ身体を打ち付ける伊舎那と吒枳。押し上げる海面の波が渡し船を覆いつくす。

「『ぐうぅ――!! 2人とも後方へ下がっていろ!!』」
「「『――はっ、はい!』」」

 上空から降り注ぐ波。それは、飛沫(しぶき)というよりも滝の洗礼。船頭は2人を船尾へ下げ、(かい)を両手に必死で海水を打ち払う。

「『このままじゃ、船が沈んじまう。どうしたものか……?』」

 思い悩む船頭と共に、焦りを見せる伊舎那と吒枳。

「『――大丈夫か3人共!』」
 
 焦燥感(しょうそうかん)に駆られ、すぐさま助けに入る楼夷亘羅。――ところが、その声に反応してか? 瞬時に次の攻撃を仕掛けてくる海龍鬼。

「『グゥゥッ――ッッォォォオオオ!!』」

 再び数発の炎弾を楼夷亘羅めがけて打ち放つ。

「『――くぅっ!!』」

 渡し船へ戻ろうとするが、放たれた炎弾を仕方なく撃ち弾く楼夷亘羅。海龍鬼の戦略だろうか? それとも偶然? いずれにしても、危機的状況に変わりはない。 

「『――くそっ!! こいつ、さっきと動きが全然違う! ほんとは意志があるんじゃないか?』」

 動揺はやがて焦りを生み、先程までの余裕な表情はどこにもない。それどころか、次第に押されつつある状況。戦いの趨勢(すうせい)が瞬時に変わる様子に、伊舎那と吒枳は憂慮する。

 一体、何故こうも戦況が? 渡し船の転覆を気にしてのこと? いや、そうではない。どうやら状況は単純明快。先程まで数発の炎弾だった物を無数に解き放ち空を覆いつくしていた。



「『どんだけ撃ち続ける気だ! これじゃぁ、きりがないぞ! 短期で蹴りをつけたいが……』」

 追い込まれ早々に決着をつけたい楼夷亘羅。しかし、海龍鬼の意識を逸らすため、引き付けることしか出来ない。

「『だから、儂は刺激するなと言ったのだ。もうこうなってしまっては手が付けられん。海面の水が干上がるまで交戦は続くだろう……』」

 このことを船頭は予見し、助言していたということなのか? いづれにせよ、逃げるしか助かる道はなかったということ。一変した状況は、当然というべき結果。戦いの流れは海の覇者である海龍鬼へ移りゆく。このような化物が無数に存在するなど考えたくもないが、それが事実であり力の差も歴然とした現実。 

「『どうあがいても、儂らでは海龍鬼には勝てん。だから諦めろ、この身に変えてでも2人は救ってやる。だから、あの兄ちゃんと一緒に逃げろ。――いいな!!』」

「『待って下さい。楼夷(るい)は私達を気にして、全力を出し切れていないのです!』」
「『そうです。どうか、早まらないでください!』」

 渡し船を擁護しながら空を舞う楼夷亘羅。そうした姿に自分たちが重荷であることを知る2人。どうにかして負荷をなくそうと思い悩むも、何の策も持ち合わせてはいない。そんな差し迫った状態に、吒枳の脳裏へ何かがよぎる。

「『そういえば……』」
「『――どうしたの吒枳? 何かあるなら早く楼夷(るい)を助けてあげて!』」

 婆羅門を出門する時に頂いた金剛鈴(こんごうれい)。その法具を手に取り、処世の言葉を思い浮かべる吒枳。扱い方について、2つの事を言われていた。

 それは一体、何なのか……?