3人へそれぞれ違う法具を手渡す処世(しょせ)。再度、使用方法などの注意事項を細かく説明した後、切なく別れの言葉を告げる。

「『大僧正様……。私達がいない間、体には十分お気を付けくださいね』」
「『では、僕達はこれで失礼します』」

 寂しそうな表情で処世との別れを惜しむ2人。五衰の理由を知らない楼夷亘羅(るいこうら)は……。

「『――んっ!? どうした、じっちゃん? なんか顔色が悪そうだけど、大丈夫なのか? とにかく、俺達が戻るまで死ぬんじゃないぞ!』」

 気にする事なく、淡々とした表情で言葉を放つ楼夷亘羅。――次の瞬間!!

「『――――――――――――――――――――!!!!』」

 伊舎那(いざな)の拳が頭部へ軽く触れる。――と同時に、重くのしかかる音が振動を乗せて周囲へ伝播した。

「『――いてて、何するんだよ! 変な事なんて言ってないぜ?』」

「『――あのねぇ! 縁起でもない事を言うもんじゃありません!』」
「『…………』」

 顔を(しか)め座り込み、そっと頭を撫でる楼夷亘羅。そうした状況を目に焼き付ける吒枳(たき)。少しでも失言をすればこうなるのか? ごくりと息を呑み、喉を震わせる。

「『――ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ! 誠に面白い2人じゃ。その姿を見ていると、いつまでも飽きないわい。では、楼夷亘羅よ。暫く寂しい思いをするが、儂がいなくても元気でやるんじゃぞ……』」
「『儂がいなくても……? うっ、うん。じゃぁ行ってくる。じっちゃんも体には気を付けろよ』」

 微笑みながら優しく見送る処世。言葉の意味を不思議に思いながらも、姿が見えなくなるまで大きく手を振る楼夷亘羅。その様子を見守る伊舎那は、憂いある表情でそっと見つめた……。




 名残惜しそうに処世へ別れを告げた3人。そこから暫く歩き、下層に下りる螺旋の階段へと向かう。


「『――あぁ、また半刻(1時間)かけて階段を下りないといけないのか……?』」
「『しょうがないでしょ、上がったら下りないといけないの。とにかく吒枳は修練が足りないんだから、それぐらいのこと我慢しなさい!』」

 怠そうな表情で、左右へ蹌踉(よろけ)ながら歩く吒枳。そうした素振りを正そうとしたのか? 何かを思いつく伊舎那。処世から頂いた独鈷杵(とっこしょ)を見つめ、ひそかにほくそ笑む。

 ――すると、突然!!

「『ひっぃぃ!? ――いててっ!! ちょっと、何すんの? 危ないじゃん!』」
「『――んっ! あらそう? 偶然にもこれがあったから、ついね。うふふっ』」

 法具でお尻を突き刺された瞬間、裏返りの声を発する吒枳。お尻を抑え天にも昇る気持ちで飛び上がる。ところが、悪びれる様子などなく、手に持つ法具を見て喜ぶ伊舎那。

「『つい? ――っていうか? うふふじゃないよ! ――ったくぅ、どうにかしてよ楼夷亘羅。ほんとっ、この怪力女ときたら――!?』」

 失言に気付き、慌てて口を覆う吒枳。けれども、心の声は既に漏れており、時すでに遅しである。

「『――はぁ? 何ですって! せっかく元気づけようとしたのに! それに、今の言葉は聞き捨てならないわね!』」

 素振りを正そうとした理由もあるのだろうが? 場を和ませようとした伊舎那。周りの空気は余計に重くなる。

「『ちょっ、ちょっと待ってよ。いっ、今のは言葉の綾だって!』」
「『――楼夷(るい)、いいから吒枳を渡しなさい!』」

 身振り手振りで意思の疎通を図り、理解を得ようとする吒枳。すぐさま楼夷亘羅の背面へと隠れ、憤る様子をやり過ごそうとする。――からといって、そう簡単には許してくれそうもない。

「『あはは……。はは……』」

 伊舎那へ吒枳を渡せば、あられもない姿になるのは火を見るより明らか。口角を引き()らせ、どうしたらいいのか? 困惑した表情で2人の様子を窺う楼夷亘羅。

「『いっ、伊舎那も少し落ちついて、本人も言葉の綾だって言ってるし。だから、今回ばかりは許してあげてくれない?』」

 吒枳の代わりに誠心誠意をもって、謝意を示す楼夷亘羅。

「『――ったくぅ。今回は楼夷(るい)の顔に免じて許してあげるわ。だけど、またあのようなこと言ったら、次こそ承知しないからね!』」

「『ひぃぃっ――!』」

 楼夷亘羅は優しく語りかけ、憤る伊舎那を宥める。そうしたやり取りを見せる2人の光景を、背面から少し顔を覗かせ、怯えた声を発する吒枳であった……。



 それから暫くして、元来た場所である螺旋階段の前へ辿り着いた3人。

「『これから降りて早くても半刻(1時間)。僧院に着いた頃には正午を過ぎるんじゃないでしょうか?』」
「『……そうねぇ。下りたら急いで旅の支度をしなくちゃいけないわね』」

 少し慌てた様子で、溜息混じりに呟く伊舎那と吒枳。その僧院と呼ばれる共同宿舎に戻るためには、螺旋階段を再び下りるしかなかった。
 
「『――っん! 2人とも、どうしたの? そんなに慌てなくても大丈夫だけど。何しろ3人で上がるのは無理だったけど、下りるなら訳ないからな!』」
「「『訳ない……?』」」

 何を根拠に言っているのか? 自信ありげな楼夷亘羅を不思議そうに見つめる2人。

「『――よし! じゃぁ、行こうか』」

 意気揚々と言葉を放つ楼夷亘羅。丸太を持つかのように、2人を両脇に抱き込み走り出そうとする。

「『――きゃぁ! なに、何?』」
「『――わぁっ! 何するんですか?』」

 突然の出来事に周囲を見渡す2人。状況が理解出来ず、落ち着き無く困惑する……。