2人へ渡される総括された法具名は金剛杵(こんごうしょ)という。伊舎那(いざな)の持つ独鈷杵(とっこしょ)は両先端が尖り、僅か一尺(30センチ)ほどの一本槍。一方、吒枳(たき)が頂く法具は不思議な形をした、音を奏でる呼び鈴のような物といえよう。

「『そうじゃ。鐘によく似たことから、法具名は金剛鈴(こんごうれい)という』」
「『金剛鈴……。なんと響きの良い法具名なんでしょう!』」

 その何とも言えない造形美と名の響きに、魅了されてしまう吒枳。

「『名の通り一振りすれば、その音は響き渡るかのように、人の心を落ち着かせる。じゃが、1つ忠告しておかねばならん!』」
「『忠告ですか……?』」

「『うむ。清き心で響かせば、音も同じく澄み渡り穢れを祓う。しかし、悪しき心で鳴らせば、共鳴してしまい邪を引き寄せる。つまり、人を魅了するも惑わせるも、その者が扱う心次第ということじゃ!』」
「『そんな不思議な効果があるなんて……。分かりました、肝に銘じて使わせて頂きます』」

 処世(しょせ)から伝えられた忠告を理解する吒枳。与えられた法具を掌へ包み込み大切に触れる。

「『まぁ、使い方さえ間違わなければ、それらの金剛杵は必ず2人の身を守ってくれるじゃろう』」

 処世が伝える意味とは……。
 
 大陸へ渡り人々を導いていけば、常に穢れや魔獣も頻繁に現れる。その理由から、天部の資格を得たのち婆羅門から出門する場合は、1人に1つ法具が手渡される。そうした身を守る手段として、必ず与えられる法具。千年前の世は、開祖の錠光(じょうこう)しか創造出来なかったという。けれど、今では法具師と呼ばれた鍛冶職人が後を引き継ぎ武具を精製している。 

 その2人が譲り受けた法具。それは言うまでもなく、唯一無二の錠光が創造した物であった。


「『そして楼夷亘羅(るいこうら)には、三鈷杵(さんこしょ)の法具と勾玉の首飾りじゃ!』」



 3人が手渡された武具。詳しく言うなれば、邪気を滅するとされる神聖な法具である。上下の先端には龍の爪によく似た鋭く尖る刃が付いていて、用途によって不思議な力を発揮するという。

 伊舎那が頂いた独鈷杵。その使用方法は簡単で、法具を前方へ突き出し縦に軽く握りしめながら真言を説く。やがて両端の先からは輝きを放つ弓体が徐々に顕現化する。その眩い光を放つ金剛杵、またの名を弓鈷杵(きゅうこしょ)といい、そこから無数の矢が繰り出されるという。矢の名は鏑矢(かぶらや)蓬矢(ほうし)といって邪を打ち払い、浄化する威力がある。

 続けて、吒枳の持つ金剛鈴。その音色は心の奥にまで響きかけ、ある一定の領域を掌握する。そうした空間の中にいる者は六根、視覚()聴覚()嗅覚()味覚()触覚()知覚()を支配され、鈴の音と共に煩悩を解き放たれる。

 最後に、楼夷亘羅が手にする三鈷杵。この金剛杵は2人が渡された武具と違い、思いの念により姿形が自由に変わる聖なる法具である。その金色に輝く三鈷杵は持ち主の能力にも関係してくるが、己の想いによって力が何倍にも増幅される。これの凄いところはそれだけではなく、上下は分離する事が可能だという。

 そして、これに似た対の金剛杵がもう1つ存在するらしい。三鈷杵の上部、3つが鋭く尖った真ん中の部分は、剣のように細くしなやかに伸び三鈷剣(さんこけん)と呼ばれていた。今では本当に存在するのかさえ分かっていない。伝説では封印に使用するため、今も何処かで眠っているという。


 そうした大まかな用途を3人へ話し、補足を付け加えながら細説する処世。ところが……。

「『…………この三鈷杵と勾玉。どうして、じっちゃんが……?』」

 三鈷杵と勾玉を受け取り、ぼんやりと見つめる楼夷亘羅。処世が3人へ説明している最中も、想い馳せるように優しく握りしめる。

「『楼夷亘羅……。今まで隠していて本当にすまん。父親の形見である三鈷杵。母親の想いが詰まった勾玉。その2つは、今まで儂が持っておったのじゃ。もしかしたら過去を思い出すことで、辛い思いをするんじゃないかと思ってな……』」
「『そうだったんだ……。何か変な気を遣わせてごねん。でも……。想い出はあるけど、父さんや母さんの名は……。今でも、思い出せないんだ……』」

 形見の品を強く握り、目を潤わせる楼夷亘羅。にもかかわらず、涙する事なく唇を噛みしめ、必死に堪えようとする。それは……。もし一粒の(しずく)でも(こぼ)れてしまえば、想い抑えること叶わず、理性を失ってしまうと思ったからだろう。

「『楼夷(るい)……』」
「『楼夷亘羅……』」

 処世が見守る中。2人は時の許す限り、そっと楼夷亘羅のことを見つめる……。そのような状況は暫く続くが、ほどなくして落ち着きを取り戻し伊舎那と吒枳の身体へ優しく触れた。

「『そんな顔しないでよ。もう大丈夫だからさ! 今は1人じゃない、信頼できる仲間だっている。それに、今日まで支えてくれたじっちゃんだって。だからもう振り返らない、前を向いて歩くって決めたんだ!』」

 目元を指先で軽く拭い去り、熱き想いを2人へ伝える楼夷亘羅。少し笑みを浮かべて今後の展望を見据える。

「『そうじゃ、楼夷亘羅。これからは仲間と支え合い、一緒に人生を歩んでいくんじゃぞ。――じゃぁ2人共、後の事はよろしく頼む!』」

 人の世とは、儚く脆いもの。だからこそ、寄り添い互いを思いやる事ができる。そう最後に教え説く処世であった……。