励ましの言葉を掛ける処世(しょせ)。そうした様子を後押しするかのように、周辺に美しく咲き乱れる白蓮華・紅蓮華の華が3人を心地よく送り出す。

「『本来なら、儂が一緒について行けばいいんじゃが……。なにせ、老いぼれの爺じゃからのう。身体が悲鳴を上げて、軋んでおるわい!』」

 軽く丸めた掌で、腰を数回ほど叩く処世。

「『老いぼれだなんて、そんな事ありません。大僧正様は十分にお若いです』」
「『そうですよ。少しばかり老けてはいますが、まだまだ現役じゃありませんか!』」

 多分、処世は冗談のつもりで言ったのであろう。にもかかわらず、言葉の意味を理解せず真に受ける吒枳(たき)。いつものように、口から心の声がこぼれ出る。

「『吒枳、あなたって人は! 大僧正様に向かって失礼でしょ。――たっくぅ、もう……。楼夷(るい)と一緒にいるから、様子が似てきたんじゃないの?』」
「『そうですか……?』」

「『――えっ!? 酷いよ、伊舎那(いざな)!』」

 失礼な態度の吒枳へ、謝りなさいと睨み付ける伊舎那。普段から言動のおかしな2人へ、例えを交えて説明する。それは良く言えば、個性豊かな性格。悪く捉えると、状況を理解出来ない変わり者。明らかに、後者であると教え説く。

「『よいよい、伊舎那。それにしても、3人はとても仲がいいんじゃのう。これなら心配しなくても大丈夫じゃ!』」
「『うん。俺が必ず宝珠と法輪を集めてくる。だから、じっちゃんは婆羅門でゆっくりしていてくれ!』」

 掌を胸元へ当て、意気盛んに想いを伝える楼夷亘羅(るいこうら)。熱い眼差しで処世を励まし、成し遂げてみせると豪語する。

「『――おぉ、そうじゃ! 危うく忘れるとこじゃった』」 

 ふと何かを思い出し、軽く掌を打ち鳴らす処世。思い巡らしながら宝物庫へいくと、ほどなくして3つの宝を持ち現れる。

「『――ほれ! 迷惑をかける代わりに、せめてもの餞別じゃ』」

 2人へ金色に輝く宝を手渡す処世。どれも似た原型をしていたが、どうやら扱う用途は違うらしい。

「「『あっ、ありがとうございます大僧正様! ――とはいうものの、このような高価な品を頂いても、本当によろしいのでしょうか?』」」

 伊舎那と吒枳は手に取り眺めてみるも、あまりの美しい輝きに受け取る事を躊躇してしまう。

「『大切に扱うなら、2人へ渡しても問題ない。それに、その法具は託された想い出の品』」
「「『……想い出の品?』」」

 吒枳へ手渡された物は通常の法具である。けれど、伊舎那が受け取る法具は、想いの込められた品だと伝える処世。

「『そうじゃ。伊舎那が扱えば、楼夷亘羅も喜ぶじゃろう』」
「『楼夷(るい)が……?』」

 一度、法具を見つめる伊舎那。意味深な言葉に、口ごもりしながら処世を見上げる。

「『それは、そのままの意味じゃ。母親の形見、法具名は独鈷杵(とっこしょ)という』」
「『母親の形見……。もしかして、楼夷(るい)のですか? ――では尚更、そのような品など受け取ることは出来ません!』」

「『儂の意志ではない。じゃから、託されたと言ったではないか』」
「『ですが……』」

 あくまで自分は、伝えられた事を話しただけという処世。どのような想いから法具を託したのか? その人物はこう言っていた。


『いつの日か……。心から慕う人に巡り逢うこと叶えば。その法具を譲り渡し、両親のように同じ道を歩んで欲しい』


「『その意味って…………』」

 伝えられた想いに頬を赤らめる伊舎那。動揺しているせいか? 楼夷亘羅の顔を見る事が出来ず、一瞥しながら目を逸らす。

「『異論はないであろう楼夷亘羅?』」
「『えっと……。伊舎那が使ってくれれば、母さんも喜ぶと思うから大丈夫だよ』」

 処世の問いかけに照れ惑い、俯き話す楼夷亘羅。宝物庫で埃を被り、輝きを失うぐらいなら受け取って欲しいと二つ返事で答える。

「『ありがとう、楼夷(るい)! じゃぁ、大切に使わせて貰うね……』」
「『うっ、うん……』」

 一瞬、目が合い恥じらいを見せる2人。

「『――んっ!? さっきから、何をそんなに見交わしておる。ここはお見合いの場ではないぞ?』」
「『そうなんですよ。普段からこんな感じで、――ほんとっ、めんどくさい2人なんです!』」

 冗談交じりに2人へ問い掛ける処世。その言葉に反応する吒枳は、いつものように横から余計な事を口にする。

「『――何ですって! あなた後でどうなるか、覚えてらっしゃいよ!』」 
「『――ひっぃぃ!!』」

 学習能力がないのであろう? またもや心の声が漏れ出てしまう吒枳。伊舎那の睨みに慌てて処世の背面へ姿を隠す。

「『まぁまぁ、吒枳も悪気があって言っている訳ではない。じゃから、それぐらいで勘弁してやって貰えんか?』」
「『……はっ、はい分かりました。大僧正様がそう仰るのであれば……』」

 そうした様子を苦笑いしながら宥める処世。それなら仕方ないと、伊舎那は強く握りしめていた拳を緩め、落ち着きを見せる。

「『――でじゃ。吒枳にはその変わった形の法具を渡しておこう』」
「『……これは何だか鐘のような形をしていますね?』」

 形は簡単に言うと、暗器(くない)の末端へ二寸(6センチ)ほどの鈴が付いていた。そう例えれば、軽く奏でる風鈴を思い浮かべるかも知れない。しかし、その存在は落ち着きのある重厚な代物であった……。