宝珠と法輪を回収する事で、その後も浄化の力は高まり、大地は潤いを増すという。

 そうした事から、人工遺物を納める事により、処世(しょせ)の命は救われ地は豊かなものとなる。色々と思案していたが、2人は解決の糸口を見つけ、安堵の表情を浮かべる。

「『では、大地や人々の暮らしは、これからも大丈夫という事でしょうか?』」

 今後の対応や衆生の情況を問い掛ける伊舎那(いざな)

「『――分かりました。そういう事なら、早く集めに行った方が良さそうですね!』」

 一方、善は急げとばかりに早速行動へ移そうとする吒枳(たき)

「『まぁ、そう慌てるでない! 先ほども説明したんじゃが? その様子だと、余り良く理解してないように見えるのう』」

「『はぃ……?』」
「『……理解ですか?』」

 先ほどの話は伝承なようなもの。何か関係があったのだろうか? 不思議に呟き、顔を見合わせる2人。

「『やれやれ……。ではもう一度、言うが! 人工遺物を台座へ納めるれば、この大地へ住む人々や須弥山は救われる。しかし、影響を受けた4大陸の地は荒れ果て、天災や飢饉に見舞われるやも知れん!』」

「『あの話は伝承では……』」
「『もしかして……。戦乱の世が……』」

 人工遺物は優れた法具。その力があれば、処世の能力なくとも安寧の世は続く。とはいえ、逆に浄化を失う地は、作物すら実らない涸れ果てた荒野と化す。そうした状況を心に深く感じる2人は、先ほどの話を思い浮かべ切なく呟く。

「『確かに、書物へ記された事ではある。じゃが、伝承ではなく、今までの先代が築き上げた事実。そして残念なことに、吒枳が言う乱世が来るかも知れん……。結局のところ、どちらを優先するかじゃ!』」

 宝珠や法輪を失えば、全てにおける植物や動物は恩恵を失い荒れ果てる。やがて、加護を失った人々の心には邪が巣食い、修羅の世が訪れると話す。

「『そうであるなら、4大陸へ住む衆生が余りにも可哀そうです。如何なる理由であれ、人々を犠牲に婆羅門を救う気などありません。ですから、この旅を御断りさせて頂きます』」

 決断を迫る処世の言葉に、どちらも選ぶことは出来ない。そう思い詰めた顔で、辞退を申し出る伊舎那。

「『まぁ、待ってくれ! 伊舎那の気持ちはよく分かる。じゃが、須弥山の浄化がなければ、やがて4大陸も恩恵を失い枯渇するじゃろう。そして……。人々もろとも滅びの一途をたどる!』」

 花も折らず実も取らず、両方を救えば結局どちらも得られない。憂い哀しむ表情を浮かべ、必死に伊舎那を説得する処世。それには、どうしても人工遺物が必要不可欠と話す。

「『では、大僧正様。他にお互いが存続する道はないのでしょうか?』」

 何か方法がないか? 思慮深く、色々な案を模索する吒枳。

「『互いの道……。残念ながら、今のところ手段はない。じゃが、4大陸の方は少し荒れるが、守護者の聖天達が何とか凌いでくれるじゃろう。その間に儂が何か策を考える。一番は楼夷亘羅(るいこうら)の能力解放が手っ取り早いのじゃが……』」

 2人の言葉に苦慮する処世は、仕方なく苦渋の思いで1つの決断を下す。

「『2人共……。どうか引き受けて貰えんか?』」

「『……そんなに悩んでいたとは露知らず、本当に申し訳ありません。大僧正様の想いは良く伝わりました。ですから、どうか頭をお上げ下さい。楼夷(るい)のためでもあるなら、是非ともやらせていただきます』」
「『僕もお引き受けします。もしかしたら、この旅で何か情報が得られるかも知れませんからね!』」

「『2人共……。そう言ってくれて、本当に助かる。大陸の未来も心配なんじゃが? 不穏な闘気や、お告げの言葉が気になって仕方ない。もし、儂に何かあれば、戦力不足の天界は不味い事になる!』」

「『それって、あの戦いが……原因?』」
「『なるほど! 戦力不足は、もしかして天魔大戦が関係していたのでは?』」

 過去の大戦が影響を及ぼし、人材不足に陥っているのではないだろうか? そう処世へ問い掛ける2人。

「『そうじゃ! 少しは知っているみたいじゃのう』」

「『はい。私が知っているのは、過去に聖者と魔王が戦いを繰り広げていた事。その時に、幾つもの命が失われ、天魔大戦と呼ばれた大虐殺があったと……』」
「『僕が調べた情報では、その魔王は黒炎の波動を放ち、天人から恐れられていたと。にもかかわらず、聖人と同じように天上界の最上へ住み、人々を安寧に導いていたとされています。そして、錠光(じょうこう)様と同じ時に生まれ、実力は最高位に匹敵すると聞きました。ですが、何故そのような魔王になったのかは不明。それ以上は、いくら調べても何処にも記されていません』」
 
 天魔大戦。それは遥か昔、何百もの命が失われた悲しき出来事である。先ほど吒枳の話していた魔王と恐れられる存在。記載された婆羅門の記録によれば、その者は元々天界人であり、穏やかな暮らしをしていた。ところがある時、己を魔王と名乗り天界へ戦いを挑む。そして激闘により、優秀な聖者を1人残らず大虐殺したという。



 そうした最中(さなか)、錠光は別の大陸で人々を安寧に導き、大地を実りある地へと変えていた。やがて浄化を終え、久し振りに婆羅門へ帰還すると。そこで見たものは、驚愕した光景……。聖者達が無惨に虐殺された姿だった。

 すぐさま錠光は、そこで猛威を振るっていた魔王を調伏する。けれども、消滅や浄化をするわけでもなく、何処かの大陸へ封印したという。

「『そうじゃ、過去の忌まわしき天魔大戦。それによって、今この須弥山には修行中の聖者と、五天や六観音、4大陸を治める聖天のみしか残っておらん。その僅かな人手では、何かがあれば凌ぎきれん!』」

 戦乱が起きれば、争いなどの暴動を治め。天災に見舞われれば、人々へ手を差し伸べ救済を行う。聖者達には、そうした衆生を導く使命があると説く処世。そのため、今の人材では全てを賄う事は出来ないと伝える。それ以外にも、やらなければならない事は際限なくあった。――そして、澱みを帯びた闘気も然り……。

「『……儂は、今回の旅に少しばかり期待を込めておるんじゃ。あの子には人を惹きつける不思議な力がある。じゃから、天界を支える聖者を探してくれるんじゃないかと……』」

 持ち得る能力とは関係なく、秘めた力を有する楼夷亘羅。果たして、それが如何なるものなのか? 特殊な威光、もしくは人柄。何にせよ、使命を成し遂げ必ずや名を馳せる存在を探し出す。処世は笑みを浮かべ2人へ想いを伝えた。

「『そういえば……。この想いとは別に、何だか惹かれるとこがあるわね……』」

 その信じ合う気持ちに、心当たりがあるような仕草を見せる伊舎那。

「『――この想い……?』」
「『いっ、いえ。独り言ですのでお構いなく……』」

 頬を赤く染め、恥ずかしそうに俯く伊舎那。その様子を不思議に見つめる処世であった……。