導き者が消え去ると、辺りは暗闇に包まれ、いつもの静まり返った夜を迎える。

 暫くして、先ほどの出来事が一体、何だったのか? もしかして、夢でも見ていたのだろうか? 天井を見つめ呆然と言葉を失う2人。状況を把握するため、その身を起こし周囲を見渡す。けれど、人影や気配などなく、硬直していた身体も自由に動く。

 やはり、気のせいだったか? 少し残念そうな顔で溜息をつく。ほどなくして、部屋の明かりを灯すため、発火具を思い浮かべる栴檀香(せんだんこう)。すると、どうしたことか? 突然、掌から小さな炎が現れる。それに驚き戸惑いを見せる善山王(ぜんせんおう)。炎を消そうと庭の池を見つめれば、今度は水泡が掌から顕現する。

 慌てて顔を見合わせるが、不思議なことに掌は熱くなければ、冷たくもない。自らに影響がない事を知り得るも、消し去る方法が分からず思い悩む。しかし、事の成り行きを仕方なく受け入れ、心落ち着かせる2人。すると、顕現された炎と水泡は瞬く間に消えていく……。その時、始めて事情を認識し、ようやく理解を示す。


 ――そうして次の日。昨夜の事柄を確認するべく、七堂伽藍(寺院)の中を散策する2人。まず経蔵(書庫)の場を訪れたのだが、そこには無数に散りばめられた書物が所狭しと並ぶ。その中の1つ、深みのある直筆の書を手に取り思い浮かべ呟く。これは……。ここへ住んでいた(あるじ)が書いたものなのか? もしくは、導き者が記したのだろうか? 物思いに(ふけ)ながら読み解いていく。

 暫く書かれていた意味を知り得る2人。確かに難読な古文(伝書)ではあったが、力の伝授によるものだろう。不思議と詰まる事なく、全ての内容を理解する。そこに残されていた言葉。それは極楽の荘厳(はるかなる大地)を維持していくために、必要不可欠な内容が事細かく文字で埋め尽くされる。  

 その書物を持ち、次に訪れた場所は宝物庫。何やら見たことも無い代物が山のように置かれ、不思議な輝きを放ち2人を魅了する。それらの道具は1つ1つが特殊な形をしているが、原型はどれも同じに見える。例えるなら、両先が尖った一尺(30センチ)ほどの小型な苦無(暗器 (くない))といえよう。そうした道具は、浄化や邪を祓うための物? あるいは、魔を滅する法具? 色々と思慮して見るも、皆目見当がつかなかった。

 それからも屋敷内を見て回り歩くと、何とも見事な建物にたどり着く。その建築物は少し見上げるほどの、五つに重なり合った塔。あえて表現するならば、五重塔というべきか? とにかく、入口から中へ入る2人。突然、目の前に映し出された光景に、唖然とした表情を浮かべ佇む。そこには、光り輝く球体の形をした水晶。半径一尺(30センチ)もの巨大な物体が2人を向かい入れる。



 心奪われるような、美しく周囲を照らす光の玉。2人は吸い込まれるかのように、何気なく掌を触れる。――と、それは転瞬の出来事。突如として見舞われる脱力感に、力なく頽れる。そうした状況に、ふと導き者の言っていた2つの想いを思い出す。『――闘気を注ぐ』……これが、大陸を潤わせていた理由……。――では!? もう1つの想いとは何か?
 
 導き者の言葉を改めて思い出し、目的の建物を探しに向かう2人。

 中門から北へ暫く歩いて行くと、少し離れた場所に冠のような雰囲気ある建物が見えてきた。その建築物は4大陸の至る所にあるため、馴染み深い場ともいえる。施設の名称は鐘楼(しょうろう)と呼ばれ、中には梵鐘(ぼんしょう)といった鐘が吊るされる。おもに、時の流れを伝える役割として、人々から使用されていた。そうした事から、特に気にしなくてもいいだろう。そう思い、立ち去ろうとする。



 ――そんな時!?

 音を響かせるための鐘突き棒。その備品がないことに違和感を覚える2人。導き者の言葉である『――波動を照らす』――もしかして? そのように感じた栴檀香、善山王は顔を見合わせ、暗黙に頷き合う。

 すぐさま梵鐘を相対に向かい、阿吽(あうん)の呼吸ともいえる素早い動作で身構える2人。重心を前へ、地に足をつけ腰を低く落とす。続けて、左手は前方に右手は後方へ、大きく開き溜めを得る。即座に瞬刻の動作で構え、時を移さず轟き合う声と共に、波動の掌底を同時に打ち付け――。

 ――衝撃を響かせた!! 

 刹那の共鳴は脳裏へ響き、梵鐘を中心に波動が波となり、周辺一帯へ伝播する。そうした安らぎの響きは、煩悩(悪しき心)を消し去るだけでなく、心まで穏やかに落ち着きを与えてくれる。どうして咄嗟に、このような事が出来たのか? 2人は驚きの表情を浮かべ佇むも、導き者が消える前に残した最後の言葉を思い出す。

『与えた能力は、きっかけに過ぎません。修練を積み重ねる事で、何倍にも膨れ上がります。それは清き心から生まれる力、誰もが持ち合わせている想い。今はまだ気づいていないだけ……』

 全ての言葉と想い、ようやく意味を理解した栴檀香・善山王。自分達だけでは、後世へ極楽の荘厳を残してやる事は出来ない。そうしていくためには、己を高め同志を集めることが先決。その中から有能な者を選び、継承していかねばならない。

 そう心へ決意を固める2人。修練に励む場所として、婆羅門(ばらもん)と命名すると共に、衆生を本当の安寧へ導いてゆく……。