されど、時代の流れとは何とも悲しきこと。千年後の世は時の経過と共に、戦乱の時代を迎えていた。少しでも潤う土地があれば略奪し、至る所で領土を奪い殺し合う。そこに、かつての思いやりや温情などは無く、人々の心には煩悩が蔓延る。そうして、慈悲の心は次第に忘れ去られてゆく……。 

 同じように、初代が建立(こんりゅう)した寺院も、歴史の流れと共に、忘れかけられていた……。――かに思われたが! 周辺には雑草1つ生えておらず、そればかりか? 七堂伽藍(寺院)の全てが綺麗に磨かれ、煌びやかに存在する。そこには2人の天人が住み、一帯の建物を清浄に保つ。


 ――その名は、栴檀香(せんだんこう)善山王(ぜんせんおう)。婆羅門を統治する4代目、5代目となる人物である。


 そんな彼らは最初から須弥山にいたのではなく、元々は4大陸を治めていた子孫。別々の道を移ろい歩く2人は、日頃から民の暮らしを憂い悩んでいた。そして遂には、4つの大地を巡り歩き、人々へ手を差し伸べていく事になる。

 そこで2人は偶然にも巡り逢い、同じ価値観のためか? 打ち解けるまでに時間は必要なかった。それからというもの行動を共に、分け隔てない温情で衆生を導いていく。

 そうした旅の中で、極楽の荘厳(果てしなき大地)について噂話を知る2人。安寧の世を築きたいと願い、千年前の情報を集める。けれど、遥か久遠の出来事に、知っている者達は限りなく無いに等しい。とはいえ、諦める事なく探し求め、4大陸の人々へ聞いて回るも、やはり皆無。

 残りはあと1つ、須弥山の大陸ではあるが、一度、自らの屋敷へ戻ることにした。そこで、書物庫に納められていた書を搔き集める。それから改めて落ち合う2人は、伝書を持ち寄り古文を読み解いてゆく。そこには、須弥山へ建てられた七堂伽藍の真実が記載されていた。

 しかし、解読して見るものの、聞きなれない言葉が数知れず。……波動を照らす? ……闘気を注ぐ? それは一体、何なのか? 常人の2人には全く理解が出来なかった。とにかく須弥山へ行けば何か分かるのでは? そう思い、身支度を済ませ遠くに聳える山を目指す。  


 ――そうして須弥山へと辿り着いた2人が見たものは……。


 なんと辺り一面には雑草が生い茂り、無数の雑木や枝葉が盛んに繁茂する。どうにか押し分け広範囲の森林を突き進むこと、ようやく七堂伽藍の前に到着。そこから見える景色は何とも雄大で、堂々とした屋敷が2人を迎え入れる。それは、千年前に建立されたようには思えないほど、朽ちる事なく幾つも建ち並ぶ。

 とにかく真実を知りたい2人。先ず始めた事といえば、経蔵と呼ばれた書物の保管場所へ向かう。――かと思いきや? 神聖な場所を取り戻すため、はやる気持ちを胸にしまい込む。そして、その場へは行かず雑草や雑木の除去。加えて、建物の清掃を住み込みで行う。

 それから数年の時を経て、七堂伽藍を含めた周辺一帯は、見事なまでに当初の美しさを魅せた。そうした情景が心の迷いも清浄させ、2人が想う導きの気持ちは強固のものとなる。やがて、外は静まり返り夜を迎えると、想い馳せながら呟き合う。

 ようやく書物庫で真実を知ることが出来る。そう心を弾ませ、眠りにつこうとした――そんな時!! 枕元に神々しい光を放つ者が突然、2人の前へ現れる。すると闇夜は明るく輝き、周辺を温かい光が優しく包み込む。そのような眩い輝きを放つ状況ではあったが、人物の表情は少しだけ窺えた。

 その光り輝く者。漆黒の透き通るような瞳に、黒く艶やか髪色をしており、凛々しく精悍(せいかん)な顔つきで見つめる。ゆえに同じ男性であれ、心惹かれ魅力される。それほど端正な顔立ちと言える風采をした存在であった。

 ほどなくして、その人物は口を開くことなく、2人の脳裏へ直接話しかける。

『私は過去・現在・未来といった三世を導く者。改めて、神聖な場所を清浄して頂き礼を申します。世は激動の時代を迎え、飢えに苦しむ人々が後を絶たない。今すぐにでも現世へ降り立ち、衆生を救ってあげたい。とはいえ、力を失った私にはどうする事も出来ず、見守るしかありません。けれど、心清き貴方達ならば、この力を譲り与えても問題ないでしょう』

 そう言って、ゆっくり脳裏へ問いかけているのだが、心へ優しく響くような想いが十二分に伝わってくる。やがて想いの内を伝えると、導き者は少しばかり両手を開く。すると、掌から光の粒子が溢れだし、星屑の如く輝きだした。一体、何をされるのか? 2人は驚き、仰向けの身体を起こそうとする。

 されど、硬直しているせいか? はたまた不思議な力で抑えられているためか? 身動きが取れず、目を見開くことしか出来ない。状況は時の経過と共に、更なる輝きを増していく。その光景を、もう成されるがまま見つめていた。そうして導き者は掌を2人の胸元へ軽く触れ、光の球体を徐々に浸透させてゆく。 

 一瞬だけ顔を顰める2人だが、球体の光は心地よく温かい。身体中に浸透してゆくと、活力に満ち溢れた感じを覚える。暫くして、一連の流れを済ませた導き者は、再び脳裏へ問い掛ける。

『貴方達なら必ず、与えた力で乱れた世を安寧へと導いてくれるはずです。その方法は、己の生命力である闘気を須弥山の大地へ分け与えること。けれど、1人では叶う事なく、想い半ばで諦めてしまうかも知れません。しかし、いま与えた力を継承すれば、後世へ伝えて行けると思っています。私はこれで消えてしまいますが、どうか2つの想い聞き届けて下さい……』

 導き者は2人へ想いを伝えると、煌びやかに消えていった……。