これまでの経緯を説明する処世(しょせ)。導き者の(めい)により、消息を探し出せたのはいいが。婆羅門で修練を受けさせる上で2つの疑問を感じていたという。


 1つ目……。
 先ほど吒枳(たき)が言っていたような件であり、両親の噂話が深く思うところではある。話の論点はそこではないのだが、注意深く思い返せば疑問も幾つか散見される。まず欠落した記憶について、可能な限り振り返って見る。

 確かに雷のような衝撃を受ければ、体験した思い出も忘れる事はあるかも知れない。にしても、そう簡単に記憶を無くせるものだろうか? 両親と暮らしていた僅かな出来事や自身の名前。その事柄について、鮮明に想起回想は行えた。
 
 ところが、父母の名を問えば全くもって覚えていない。また、付随した事を確認すれば、頭に激痛が駆け巡るという。まるで、都合よく記憶を消されている? もしくは書き換えられている? そのように感じてならない。そう思えば、おかしな妄想話になるのかも知れないが……。

 けれども、その状況からは守られているとも思える。もとより詮索しないという条件は、どのような理由からなのか? そして、月色という聖者が最後に妙な言葉を発していたのも気にかかる。

 しかしながら、何よりも気がかりな点があった。そもそも偉大なる者であるなら、転生先が商人というのは考え難い。本来ならば、聖者としての生まれ変わりが望ましいからだ。


 2つ目……。
 王・楼夷亘羅(わん・るいこうら)といった件についてだが、身柄を引き取った時には既にそう呼ばれていた。これについて一体、どこが不思議なのか? 順を追って説明するなら、姓と名が与えられただけでも名誉な事である。何故なら、階位の低い者には姓は存在しない。仮に、聖者だとしても転生後には既に名が決まっており、姓を頂けない者は大勢いる。

 そういった理由から、己の名は両親が決める事は無い。では一体、誰が……? ――と思うかもしれないが、察しの通り名を決定しているのは大僧正である。とはいっても、適当に決めている訳ではなく、本堂に祀られた宝珠により適正に判断されている。

 そのため、子が生まれると誰もが七堂伽藍(婆羅門)へ訪れては、参拝と同時に名を頂く。そうして、ようやく本題に入るのだが、更に血統が高く純粋な者へは(わん)の姓が与えられる。つまり、由緒正しき家系という事になる。

 したがって、商人の元へ生まれた者ならば、(わん)となずけられた姓は奇妙な現象。または、普通では起こり得ない、不可思議な状況とも捉えれるだろう。

 よって、名は1人の人間を象徴するもの。夫婦とて名は別姓であり、お互いを尊重されるという。


「『――と、少し話が逸れてしまったが! どこまで話したじゃろうか?』」
「『えっと……。確か、天界が不穏な空気に覆われ始めた……というとこでしょうか?』」

 遠く過ぎ去った想いを振り返る処世。弾む話に流れを忘れ、語りの部分を問い掛ける。その状況に、掌を口元へ当て冒頭の談話へと繋ぐ吒枳。

「『そうじゃった! すまん、すまん。――で、その不穏な空気なんじゃが? どうやら、この大陸全土に及んでおる!』」
「『……先ほどから言っている不穏とは、如何なるものなのでしょうか?』」

 身振り手振りで広大な大陸を表現する処世。少し顔を顰め現状を説明するも、状況の把握に戸惑いを見せる吒枳。

「『それは、全土に覆われた負の念とでも言っておこうか? そして付随するかのように、おかしな現象まで起きだした』」
「『――おかしな現象?』」

「『うむ……。例えて言うなら、散りばめられた星屑の消滅。それは、ゆっくりと1つ1つ消えておる!』」
「『……もしかして? その星屑というのは、まさか闘気のこと!』」

 言葉で現せない思いを、比喩にて分かり易く情態を伝える処世。その説明は、このように教え説く。

 ――掌を空へ翳せば全土に広がる星のような光。ぼんやりと儚く消えてしまいそうではあるが、必死に周囲を明るく照らす。そうした輝きが、泡沫(うたかた)の如く消失していたという。

「『――察しがいいな!』」 
「『しかし……。それは生きていれば、仕方のないこと』」

 例外なく、人は必ず同じ未来を歩んでゆく。そう切なく問い掛け、俯き呟く吒枳。

「『儂も最初は、そう思っておった! ところがじゃ、1つ消滅すれば1つ膨れ上がる闘気がある』」
「『膨れ上がる? 一体、それは……』」

「『それを知ったのは、ここ最近。その数多な状況の中で、稀に大きく澱んだ闘気が現れることがある』」
「『その闘気も同じような人間……ですか?』」

「『それは分らん。儂の能力は、生きとし生ける全ての生物を映し出すもの』」
「『では、正体は分からずじまいと……?』」

「『いや、詮索もしてみた。波動を飛ばし、天眼にて追跡をしたんじゃが? 結界かどうかは分らんが、瞬時に弾き返されてしもうた。それ以降も、幾度となく追駆を試みては見たんじゃが。何せ稀にしか姿を現さんから、今のところは様子を窺っておる』」

 その不穏な状況を懸念して、即座に対応するべく婆羅門から離れる事ができないという。そうした理由から、叶わぬ想いはそのためだと2人へ伝える……。